Osaka U 大阪大学 大学院理学研究科 高分子科学専攻

高分子合成化学研究室(旧青島研究室)

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ある高分子合成屋の幸運  青島 貞人

出典:高分子(素描)2016, 65, 415.


 古くから多くの水溶性高分子が知られているが、その中で多数の疎水基と親水基を有する両親媒性高分子は、水中で分子鎖中の疎水基が疎水性相互作用により会合し、様々な自己組織化挙動を示す。たとえばブロック型ポリマーは、ユニマーから球状、棒状ミセルへと変化する平衡型ミセル、動力学的に凍結されたミセル、架橋ゲル、花型ミセルなどになる。またそれ以外に、高分子ナノゲルやミセル型ナノキャリアなど、応用例としても枚挙にいとまがない。このように両親媒性高分子は、低分子の界面活性剤には見られない特異的な挙動を示し、新しい機能材料も次々と見いだされている。この素晴らしいポテンシャルに魅せられて、私は本研究を始めた・・・と書き出したかったのだが、私のスタートは全く違ったある偶然からであった。
 もともと私は、カチオン重合の速度論などを研究する高分子合成の研究室で、生長種の性質やリビング重合を検討していた。ある時、新しい水溶性高分子群を合成しようと、モノマーの側鎖に様々なエーテル鎖を導入して重合したところ、ある構造のポリマーは冬に合成すると水溶性であったのに、夏になると水に全く溶けず白濁してしまった。温度に応答するポリマーをはじめて見つけたと小躍りしたが、文献を調べてみると何のことはない、LCST(下限臨界溶液温度)型の相分離であることがわかり、自分のあまりの無知に意気消沈した。しかしそれがきっかけになり、それまで全く縁の無かった刺激応答性高分子の研究に足を踏み入れることになった。ただ重合屋のこだわりで、オリジナルなリビング重合系で系統的に分子設計することにした。その頃はN-イソプロピルアクリルアミドもまだ重合制御が困難であったので、それは初めての試みであった(エーテル系界面活性剤のプルロニックなどの例を除く)。実際に検討を始めてみると面白いことが次々とわかった。分子量分布を狭くすると相分離は高感度になり(相分離温度に分子量依存性があるため)、ブロックポリマーからはそれぞれのセグメントに対応した二段階の相分離挙動が見られ、特定位置へ導入した機能団も特異的に働いてくれた。そしてそれらの結果をまとめて、分野違いの学会会場で恐る恐る発表したところ、意外にも多くの先生方に面白がっていただき、次は何が作れるのかと激励された。このような異分野からのチャレンジを温かく迎えていただけ、とても幸せであった。また、高分子合成の会場においては、なぜリビング重合で分子量分布の狭いポリマーやブロックポリマーを作るのか、といった若干いじわるな(しかし、的を射た)質問に対して、これらの結果を示して少し溜飲を下げることができた。
 このような刺激応答性ポリマーの最も制御されたお手本は、疑いなく、高次構造を有するタンパク質、ペプチド、DNAのような生体高分子である。動的に構造を変化させながら細胞間で化学情報伝達をしたり、試験管中では想像もつかない選択的な反応を、水を含んだ生体内、常温、常圧で行っている。しかも、それらは限られた種類のアミノ酸と核酸塩基などから構成されているにもかかわらず、である。すなわち、精密に制御された一次構造だけでなく、ヘリックスなどの二次構造、そして三次構造をとることにより、各官能基や機能部位が協調して組織的に働いているわけである。言い換えると、我々の作る刺激応答性ポリマー系では、水素結合や疎水性相互作用などの組み合わせでせいぜい熱力学的に安定な集合体を形成させているだけなのに対し、生体系では組織体が協同的に働けるように一次構造が予めプログラムされており、実際、高次構造まで自動的かつ特異的に階層化され、マクロに生体機能を示しているのである。
 重合屋としては、今後、それらの設計、選択的合成、階層化を、生体高分子を目指して検討していかなければならない。まだ気が遠くなるほど先は長いが、幸い、リビング(制御)重合が最近かなりの重合系で可能になっている。さらにモノマー配列が制御された精密重合としても、定序配列、周期的構造、不斉らせん構造などが見られるようになり、書き込み・読み取り・消去が可能な情報分子まで提案されている。次のステップとしては、まず我々はこれらを発展させ、精緻な配列制御手法を早急に開拓する必要がある。また一方、本分野は前述のように非常に懐が深いので、是非、他分野(有機化学、生物学、医学、物理学など)からもどんどん参入いただき、協力して従来無い新機軸を創出していければ、と心から楽しみにしている。


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