Osaka U 大阪大学 大学院理学研究科 高分子科学専攻

高分子合成化学研究室(旧青島研究室)

[日本語トップ]

高分子合成の新展開に向けて  青島 貞人

出典:高分子(素描)2019, 68, 59.


 リビング重合がアニオン重合で見いだされたのが60年ほど前、カチオンや配位重合では35年ほど、ラジカル重合でも20年が経ち、高分子の合成はその間急速に発展した。高分子の構造や分子量の制御を皮切りに、様々な形、立体構造や連鎖配列の制御、活性種変換などが進み、さらに最近では新素材として工業化へ向けた動きも活発である。さて次のステップは何か、とても気になるところだ。このような背景をもとに、今回「匠が拓く高分子合成の新しい技」という特集で議論を深めることは、今後の展開へ大いに役立つと期待している。私は、この機会に少し雑感を書かせていただきたい。
 筆者は学生時代から、カチオン重合を中心に研究を進めてきた。この道一筋とこだわってきたわけではないが、若い時を除いて、分野的には若干マイナーなこの研究を続けてきた。恩師の東村敏延先生から最初に、「カチオン重合は18世紀の古くから樹脂の合成法として知られ、比較的簡易な手法で、この機構でしか重合しないモノマーも多い」と教えていただいたのがスタートである。ただ、実際に重合を行ってみると、高分子量体を合成するためには移動反応を抑制する低温が必要で、その条件でも構造の制御は難しく、工業化は限られ、官能基の導入はもってのほかであった(今では隔世の感があるが)。ある日、先生は私のいる実験室に来られ、「ビニルエーテルをカチオン重合すると色がつくのでその原因を調べて下さい」と言われた。とてもおおらかな実は奥深いテーマで、それまでスチレン系ばかり触ってきた私はとても興味を持った。実際、ビニルエーテルを室温以上で重合すると、無色透明な反応溶液が、副反応で黄色から赤、茶、そして最終的にはまっ黒へと変化した。条件によっては、それが緑や紺色になったり、沈殿が生じることもあった(リビング重合系では、無色透明のまま)。どこから手をつけて良いかわからない課題であったが、とても楽しく、UV、分取GPC、NMRを駆使した結果、重合中に起こる新しい移動反応を見つけることができた。35年ほど前の昔話である。その後、そのような副反応を抑制する系に方向を転換することになるが、この基礎研究の積み重ねが、現在のリビングカチオン重合へ繋がった一つの要因と思う。
   *   *    *
 今年度、大学からお許しが出て筆者は半年間のサバティカルをとらせていただいた。いろいろ考えた末、まず普段なかなかお伺いできない日本の大学や学会への訪問、米国共同研究先の先生及び院生の長期受け入れ、そして最後は海外の大学を回ることにした(わがままなお願いで、貴重なお時間をいただいた先生方に、御礼申し上げます)。特に、海外の大学・研究所は10ヶ所ほど、30以上の研究室を訪問させていただいた。個々の大学訪問は1日から1週間と短かったものの、その間のディスカッションは極めて貴重で、研究しはじめの大学院生から80歳の現役教授まで、様々な研究者と話ができた。一番の収穫は彼らが今何を感じ、考え、そして実践しているか、学会では出来ない話をたくさん聞かせていただいたことである。そこで痛切に感じたのは、基礎研究の必要性と応用研究との両立だ。研究室により状況は様々であったが、優れた研究室ほど地道な基礎研究が必要不可欠と認識し、時間をかけてそれを実践していた(もちろん、現実的には研究室を運営していくために、並行して応用研究や他分野との共同研究と折り合いをつけていた)。基礎研究の大切さを改めて実感した訪問であった。
   *    *    *
 現在、高分子合成の分野はリビング重合の開拓が一息つき、いわゆる「夜明け前の一番暗い」状態ではないかと危惧する方もおられる。しかし「明けない夜はない」のである。それどころかこの分野は、他分野からも多くの急速な要請があり、漫然と足踏みしている余裕はない。高分子合成のさらなる高度化には、より精緻な反応制御が必要であり、乗り越えるべき課題は山のようにある。さらに厳しいことを言うと、それらの基礎化学はまだ十分には確立されておらず、新しい展開へ向けた基礎研究をどれだけ継続できるか、これからはさらに追求していくことが望まれる。そして一方では、高分子合成の威力を発揮するために他分野との融合も急務である。新しい分野への積極的なチャレンジから衝撃的な進化が生み出されるのではと、筆者は強く願っている。



青島研 HOMEへ

page top