Osaka U 大阪大学 大学院理学研究科 高分子科学専攻

高分子合成化学研究室(旧青島研究室)

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泥臭くスマートに  金澤 有紘

出典:高分子(グローイングポリマー)2016, 65, 374.


 鍋料理が好きだ。ここ2,3年,冬は毎日遅い時間に作ってメタボを心配しながら食べている。もちろん料理は素人だが,ほぼ毎回同じ味・具材にこだわり,いかに美味しく仕上げていくかを楽しんでいる。とくに味の成否は〆の「おじや」に現れる。具材の種類,量,切り方,入れるタイミング,火加減などの「条件検討」をコツコツと重ねる「実験」である。ちょっとした条件の違いが味に出ることがあるので,すごく面白く,妻の評判もそれなりに良い。
 学部4回生で研究に携わり始めてから11年が過ぎた。振り返ってみると,鍋の条件検討と同様にまさに「泥臭い」スタイルで研究してきたように思う。「物性よりは合成」,「低分子よりは高分子」という単純な理由で現在の上司でもある青島貞人先生の高分子合成化学研究室を選び,希望通り配属された。与えられたテーマは「ビニルエーテルの高速リビングカチオン重合系の開発」だった。当時,リビングカチオン重合に用いられるルイス酸触媒はAlやSn,Tiなど一部の金属ハロゲン化物に限られていたが,頂いたアドバイスをもとに研究を進め,新たにFeCl3が有効で,しかも適切な添加物を用いると数秒で完結する超高速リビング重合が進行することがわかった。「Feが有効なら他はどうだ・・」という方針で,次は片っ端から金属塩化物を用いて重合を行ってみることになった。重合溶媒への溶解性をチェックし,使えそうならとりあえず重合。添加物や開始種など反応条件を変え,ある程度調べたら次の金属へ。週に3回の重合(ポリマーの解析や器具洗浄なども含めると,1回の重合にはそれなりの時間がかかる)を目標に実験を繰り返した。研究を進めるうちにさまざまな触媒がリビング重合に有効だとわかってきた。しかし,学会で「それはいいけど,どうまとめるの?」といった指摘を時々受け,その度に少しだけ沈んでいた。ある時「活性の違いは何に基づくのだろう」と網羅的に行った結果を眺めていると,金属自体の親塩素性・親酸素性といった性質で説明できることに気がつき,それによりこれまでの成果がまとまるだけでなく,新しい研究展開へと発展させることもできた。泥臭いスタイルがほんの少し実ったように思えた。
 博士課程修了後,幸運にも学振PDとして名古屋大学の上垣外正己先生の研究室にお世話になることができた。テーマは「酸化鉄を不均一系触媒とするリビングラジカル重合系の開発」で,やはり重合の毎日である。1日2条件仕込み,重合の進行を追うために反応溶液を抜き取ってポリマーを精製して解析する。条件ごとに4〜5つのポリマーができる。1年4ヶ月の間に条件数は500を超えたため,2000以上のポリマーを合成した計算になる。何とか制御重合系を構築できたが,「スマート」とはあまりにも正反対で泥臭いスタイルであった。「このまま続けてよいのか」というモヤモヤがあったが,ある時,准教授の佐藤浩太郎先生の「量をものすごくたくさんこなして初めて見えてくることがある」というニュアンスのお話を聴いて,すごくしっくりと心に入ってきた。また逆に,「数をこなさなければ得られない結果があるなら,泥臭く進めることが(ある意味)最もスマートな方法だ」と捉え,以来この研究スタイルで良いのだと信じている。
 その後,出身研究室の助教として採用していただき,「ビニル付加重合と開環重合が同時に進行する系の開発」をテーマに研究を始めた。相変わらず泥臭いスタイルに変化は無いが,「おっ」と思える結果が出るまでの過程は少しずつ短くなっているように感じる(NMR測定の最初のスキャンで得られるスペクトルを見た瞬間の「おっ」がたまらなく好きである)。また,言葉自体は受け売りだが,経験に基づいて自信をもって「数をこなして初めてわかることがある」と学生に向けて話している(飲んだときに)。
 ちなみに,昨夏はお好み焼きの「条件検討」にハマってしまい,これも毎日作り続けた。一方で,条件検討を重ねていると,鍋なら白菜,お好み焼きならキャベツの「当たり」をいかに引けるかがすごく重要というのもよくわかってきた。よい条件を探るのも大切だが,素材ありきである。研究でも同じだろうか。



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