Fig. 1. Molecular arrangement of two dimentional networks based on Mn4 linked by dicyanamide anion. (a) Schematic illustration along the a axis and (b) along the b axis.
Fig. 2. Pressure dependence of heat capacities of [Mn4(hmp)6{N(CN)2}2](ClO4)2. A broadening and a upward shift of the CpT–1 peak were observed with the increase of pressure.
Fig. 3. Pressure dependence of heat capacities of [Mn4(hmp)4Br2(OMe)2{N(CN)2}2]·2THF·0.5H2O.
単分子磁石と呼ばれるクラスターは,クラスター内の金属原子が比較的強い磁気的相互作用で結合しておりスピン基底状態(S)が高くなります. さらに遷移金属原子の強い異方性が原因で大きな一軸磁気異方性(D)を持ちます. ゆえに磁化反転に対してエネルギー障壁(|D|SZ2)を生じ,スピンの反転が一定の方向に縛られるため,個々の独立した分子(クラスター)が磁石として振る舞います. 単分子磁石はスピン状態を均一なサイズに設計できるため,磁化が離散的なスピン量子状態にともなって変化しうること,磁化緩和の際に量子効果が観測されるなど,古典磁石とは大きく異なる性質をもちます. “単分子磁石”金属錯体クラスターがその特性を示すためには,分子(クラスター)間の磁気的相互作用が無視できる程小さいことが重要です. これは分子間相互作用を強めることで古典磁石へと変換可能であることも意味します. この観点から,酸化物イオンで結合したMnII2MnIII2からなるダブルキュバン骨格を有したマンガン四核クラスター(S = 9)を弱い磁気的相互作用を促すジシアナミドイオンで二次元的に架橋し,さらにカウンターアニオンや結晶溶媒を変えることによりクラスター間の反強磁性相互作用の大きさを変えた二次元架橋型Mn4磁性体が合成されています(Fig. 1). クラスター間に大きな磁気的な相互作用が生じ,長距離秩序が形成されることは昨年のレポートで報告しています. また相互作用が小さくなった系では平衡状態と非平衡状態とのクロスオーバーが見出されています(本レポート 研究紹介4).
このように分子間相互作用の大きさを制御することで物質の磁気的性質を劇的に変化させることができ(弱い場合:量子磁石,強い場合:古典磁石),それらの境界に位置する場合には新たな磁気現象が存在する可能性があることがわかりました. ところが,アニオンや結晶溶媒などの分子や配位子置換ではこの磁気秩序の変化を連続的に追えず,相境界近傍の情報が十分には得られません. この問題を解決し分子間相互作用の大きさ,つまり分子や原子間距離を連続的に変化させる有力な方法に圧力があります. そこで私達はCu-Be製クランプ型圧力セルを用いた熱量計を試作し,磁気的秩序状態の変化を観測するため古典磁石的な振舞いをする(1)[Mn4(hmp)6{N(CN)2}2](ClO4)と,スピングラス的な(2)[Mn4(hmp)4Br2(OMe)2{N(CN)2}2]·2THF·0.5H2Oの単結晶試料による熱容量測定を常圧から10.1 kbarの圧力範囲でそれぞれ行いました.
Fig. 2に(1)に圧力を加えた際の熱容量変化を示します. 常圧では4.2 Kにおいて反強磁性転移に基づくシャープなピークが観測され,クラスター内の大きなスピンが協同現象を示し,バルクな磁性体として振舞っていることが確認できます. 圧力を加えることによりピークがブロード化しながら一旦低温側にシフトした後,高温側に上昇しながらつぶれています. これは相転移が抑制され,スピンエントロピーが単純な準位間遷移によりショットキー的に変化することと,原子間距離が縮まることによる交換相互作用の増大という二つの効果の拮抗状態の結果生じたものと考えられます. Fig. 3は(2)に圧力を加えた際の熱容量変化の様子です. 2.5 kbarまでは圧力の増加に伴いピークが不明瞭になりつつブロード化しました. 4 kbar以降からピークトップが低温側に下がりながらブロード化したピーク形状が復活し,5 kbar付近で0 kbarと類似したピーク形状に戻りました. さらに圧力を加えるとピークが非常にシャープになりつつピークトップが高温側にシフトしました. これは2.5 kbar付近でクラスター間の長距離相関が抑制されて量子磁石的になり,その後5 kbar付近で何らかの安定化効果が働き長距離相関が再度強くなりスピングラス的な状態に戻り,10 kbar以降では長距離相関がさらに発達してバルク磁石的になったためと考えられます. 以上の結果は交流磁化率測定によって報告されている変化と非常によく対応しており,この物質は圧力変化に伴いスピングラス⇔量子磁石⇔スピングラス⇔バルク磁石的な振る舞いという複雑な相変化を起こすことがわかりました.
窪田 統,中澤康浩,山下智史,宮坂 等,山下正廣,第42回熱測定討論会(京都)1A0930 (2006).
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