圧縮熱の微分的測定装置の開発:
三次微分量の直接測定をめざして

私たちは現時点で,ギブスエネルギー G を (p, T, ni) のどれかで2回微分した熱力学量まで実測できます. ni は i番目の成分のモル数です. 例えば,熱容量や部分モルエンタルピーなどは,特に前者は日常茶飯事のように測定されています. そこで,熱測定誌の巻頭言で申しました様に(古賀 精方,熱測定 33, 97 (2006)),微分の次数をもう一段あげて,三次微分量を直接実験で測定しようと企てました. なぜそんなことをするかと言いますと,多成分系の熱力学を使って,例えば水溶液を研究するときに,三次微分量がモデルにたよらずに求められれば,水溶液中の混ざり方の詳細が分子レベルまで判りだしたからです. Y. Koga, Solution Thermodynamics and Its Application to Aqueous Solutions: A Differential Approach, Elsevier, Amsterdam (2007) に2006年ころまでに判ったことが纏められています. 今までは,二次微分量を実測し,そのデータを使って,フィッティング関数を使わずに,図上で求めてきました. このやり方では,ご想像の様に莫大な手間が掛かります. そこで,三次微分量を直接測ろうとしたわけです. その最初の試みは一応成功し,最近発表されました(P. Westh, A. Inaba, and Y. Koga, J. Chem. Phys. 129, 211101 (2008);P. Westh,稲葉 章,古賀 精方,第44回熱測定討論会(つくば),2A1040 (2008)).

今,上記ギブスの変数系において,例えばエントロピー S は,{T} と表わされるとします. GT で一度微分すれば出てくるという意味です. そうすれば,エンタルピーも {T} と,熱容量は {T, T} と書け,また部分モルエンタルピーは {T, ni} と表せることになります. 先に成功したと申しましたのは, {T, ni, ni} と書ける三次微分量を実測したものです. 今度は, {T, p, ni} と書ける量をつまり, (∂3G/∂Tpni) を直接測定しようという計画です. これを,成分組成を ni で表す代わりにモル分率 xi = ni/N, (N = ∑ni) で表すと,

(∂3G/∂Tpni) = {(1−xi)/N} (∂3G/∂Tpxi),       (1)

です. この熱力学量は pT で微分する順番を代えても微分可能な領域では同じですから,

−{(1−xi)/N} (∂2H/∂pxi) = T {(1−xi)/N} (∂2V/∂Txi),    (2)

Fig. 1 Fig. 1. Schematic diagram of a double cell pressure perturbation assembly. Each cells with the same volume are filled with an aqueous solutions with a small mole fraction difference, Δxi. A small pressure, δp is applied to both cells concurrently, and the difference in the heats of compression between the two cells, Δ(δH) is determined by the output of a thermo-module sandwiched by the two cells.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) The output in voltage of thermo-module as a function of time. At every 100 sec., the pressure of both cells changes from high to low and reverses several times. The straight lines drawn are schematic presentation of extrapolation to determine the temperature difference between the two cells induced by pressure perturbation.

となります. 計画では,左辺の三次微分量を実測しようというものです. つまり,全く容量の同じセルの中に,モル分率がわずかに(Δxi)異なった溶液を入れ,両セルに全く同じ静水圧,δp をかけ,それぞれのセルで発生した圧縮熱の差,Δ(δH) を二つのセルに挟まれているサーモモヂュールで直接測定しようという計画です. その結果得られる {Δ(δH)/(δpΔxi)} が (2) 式左辺の偏微分量と近似できないかということです.

サーモモヂュールの特性を駆使して,巧妙な装置類を多々作成されてきた,千葉大教育学部物理教育の東崎健一教授に協力いただいて, Fig. 1 にスケッチした様な装置を組み立てました. セルは銅製で質量 24.029 g,内容積は 0.346 cm3 です. 試料溶液は内径 0.2 mm のステンレスの管を介して,予めガス抜きをして注入され,且つわずかな空気の層を介して,油圧系につながっています. 油圧系は粘度の低いシリコンオイルで満たされた高圧バルブで出来ており,スピンドルの回転をステッピングモーターで廻して加圧・減圧(±δp)を一定の時間間隔で繰り返します. この圧変化は T‐ユニオンを介して両セルに同じく伝えられます. その時各セルで発生した熱量の差{Δ(δH)}をサーモモヂュールで直接測るのです. Fig. 2 に圧力を 5.03 MPa から 0.87 MPa,および 0.690 MPa から 0.390 MPa まで数回往復させたときのサーモモヂュールからの出力(ボルト)の時間経過を示します. 圧力の変化は100秒毎に起きています. 現在二つのセルはスチロフォームで断熱保護されていますが,温度の設定はしていません. ちなみに,先の予備実験では,それぞれ 24.7 °C および 20.9 °C でした. サンプルは一方は水,他方にはモル分率が 0.003058 の 2‐ブトキシエタノール水溶液です. Fig. 2 で明らかなように,出力はほぼ圧力差に比例しています. データ解析の件ですが,先ずは,図に示したようにトレースを外挿して圧変化の中間点での出力の差から,Δ(δH) を求める計画です. そのためには,主として系全体の熱容量とゼーベック係数からなる装置定数を求めなければなりません. そのためには,H2O と D2O のペアをサンプルとして校正するつもりです. つまり,(2) 式から明らかなように,測定された量は試料の膨張係数の差と関係していて,そのデータはきちんと圧・温度の関数として求められています. 無論温度の制御が大事であるのは言を待ちません. 今,セルを空気浴を隔てて温度を正確に制御した水浴に浸けて実験する準備を進めています.

(古賀 精方,稲葉 章)

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