三重らせん多糖シゾフィラン溶液の秩序-無秩序転移の溶媒濃度依存性.IV
−分子量Mw=1.84×105のシゾフィラン重水溶液の熱容量−

Molecular structure of SPG Fig. 1. (a) Repeat unit and (b) triple-helical structure of schizophyllan.

シゾフィランはFig. 1(a)のような繰り返し単位をもつ天然由来の多糖です. 水溶液中では三重らせん構造(Fig. 1(b))をとり,棒状分子を形成しています. シゾフィラン水溶液は, 280 K付近で側鎖のグルコースとそれに水素結合した構造水と呼ばれる水分子との間で, 協同性をもつ秩序−無秩序転移を起こします. 溶液中には,この構造水のほかに束縛水,ゆるい構造水, 自由水の少なくとも四種類の水が存在することがこれまでの研究から分かっています. シゾフィラン溶液は重水素効果が大きく,この秩序-無秩序転移の転移温度は, 重水素溶液では約10 K高温側にシフトします. シゾフィラン溶液は,秩序-無秩序転移の濃度依存性からおもに4つの濃度領域に分けることができます. すなわち,溶質濃度が薄い方から順に,転移温度と転移エンタルピーが一定となる領域I (42wt%以下), 転移温度のみが濃度とともに上昇する領域II (42〜62wt%), 転移温度も転移エンタルピーも濃度とともに変化する領域III (62〜75wt%), 秩序−無秩序転移が観測されない領域IV (75wt%以上)です. また,溶液中で棒状分子となっていることからも予想されるように, 領域Iで等方性液体相から二相共存領域を経てコレステリック液晶相に移行します.

昨年の本レポート(研究紹介13, 14)の熱容量測定の結果をよく見ると, 領域IIにあたる濃度の溶液では秩序-無秩序転移のピークが二重となる結果が得られました. このような現象は他の濃度領域では見られないため, どうしてこのような二重ピークとなるのか大いに興味がもたれるところです. そこで今回,領域IIでの転移が二重ピークとなる原因を調べるため, 領域II付近での熱容量測定を詳細に行った結果を報告します.

Fig. 2に代表的な濃度の溶液について実験で得られた熱容量曲線を示します. グラフの縦軸の単位は,シゾフィランの繰り返し単位1 molあたりに換算してあります. 転移温度,転移エンタルピーの濃度依存性を調べると, 今回もやはり領域Iでは転移温度も転移エンタルピーもほぼ一定, 領域IIでは転移温度のみが濃度とともに上昇, 領域IIIでは転移温度と転移エンタルピーの両方が変化することが分かりました. また,以前の実験と同じように,領域IIでは二重ピークが見られました. 領域IIIでは,転移ピークの面積が小さくブロードになっていきました.

Heat capacities Fig. 2. Heat capacities of D2O solutions of schizophyllan in the vicinity of the order-disorder transition.

Fitting results Fig. 3. Concentration dependence of the parameters obtained by fitting with Zimm-Bragg-Nagai theory.

最近のコレステリックピッチの濃度依存性の研究から, 高濃度領域でヘキサゴナル液晶相と思われる別の相の存在をほのめかす結果が報告されています (K. Yoshiba. et al., Macromolecules, 36, 2108(2003)).このことから,今回領域II付近で見られた二重ピークの原因は, 領域IIがコレステリック液晶相とヘキサゴナル液晶相と思われる新しい相との二相共存領域であることが考えられます.

次に,得られた二重ピークを2つの成分に分けるため, ヘリックス-コイル転移を説明するのによく用いられるZimm-Bragg-Nagai理論(A. Teramoto, Prog. Polym. Sci., 26, 667(2001))を用いて解析を行いました. このZimm-Bragg-Nagai理論は,いわば協同性一次元イジングモデルで, 今回のような協同性をもつ秩序-無秩序転移にもこの理論を適用することができます. さらに他のすべての溶液についてもフィッティングを行い,理論パラメータの濃度変化を調べました. 領域IとIIIでは理論曲線は実験値をよく再現しました. 領域IIについては,ふたつの理論曲線の重ね合わせであると仮定して解析を行いましたが, うまくフィッティングすることができませんでした. そこで,低温側のピークのみをフィッティングし, 全体のピークから低温側のピークを差し引いた残差を高温側のピークとしました. フィッティングによって得られた理論パラメータの濃度依存性をFig. 3に示します. 転移温度については領域IIでは転移温度を高温側と低温側の二系統に分かれました. 領域IIの高温側の転移温度は連続的に領域IIIの転移温度につながるため, 領域IIの高温側のピークの成分は領域IIIのピークの成分と同じものだと考えられます. 転移エンタルピーと協同性パラメータついては, フィッティングがこれまでのところあまりうまくいっていないのではっきりとは分かりませんが, どちらも領域Iではほぼ一定, 領域IIIではやや減少しているように見えます.

今後,領域III近傍の領域IIの溶液と, 領域Iの等方性液体相とコレステリック液晶相の相境界付近の溶液についてもさらに詳細な熱容量測定の実験を行う予定です.

(三輪久美子, 宮崎裕司)

発 表

三輪久美子,吉場一真,宮崎裕司,稲葉章,寺本明夫,第40回熱測定討論会 (東京), 3B1100 (2004).

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