研究紹介 19

感熱応答性ブロック共重合体の
水溶液中での自己集合

両親媒性のブロック共重合体は,水溶液中で低分子界面活性剤とよく似たミセル化挙動を呈します.形成されるミセルのモルフォロジーやサイズは,ブロック鎖長比だけではなく,両ブロック鎖と溶媒との間の相互作用パラメータにも強く依存します.もしも片方のブロック鎖が感熱応答性で,温度によって溶媒との相互作用が著しく変化する場合には,温度によって誘起されるミセルの形成が期待されます.

Chart 1
Chart 1. Chemical structure of PNIPAM-b-PNVP.

 

近年の重合技術の進歩によって,様々な両親媒性ブロック共重合体が合成されるようになり,最近は様々な感熱応答性のブロック共重合体の水溶液中でのミセル化挙動が調べられています.遊佐らは,感熱応答性ブロック鎖として知られているポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAM)と広い温度範囲で水溶性であるポリ(N-ビニル-2-ピロリドン)(PNVP)のブロック共重合体(PNIPAM-b-PNVP;Chart 1参照)を有機テルル化合物を用いたリビングラジカル重合によって合成し,水溶液中で加熱により100 nm以上の巨大な高分子集合体が形成されると報告しました.しかしながら,このブロック共重合体が単純な球状ミセルを形成していると仮定すると,その重合度から考えてそのサイズは100 nmよりも小さいはずで,100 nm以上の巨大な高分子集合体の具体的な構造については不明なままでした.

Fig. 1
Fig. 1. SAXS profiles for aqueous solutions of the PNIPAM-b-PNVP sample (x = 0.31) with the copolymer concentration 0.01 g/cm3 at 25 °C and with the concentration 0.002 g/cm3 at 40 and 60 °C. The values of Rθ/K c at 40 and 60 °C are multiplied by 100.5 and 10, respectively for the clarity of view.

 

本研究では,このブロック共重合体が水溶液中加熱によって形成する巨大集合体の構造の詳細を静的・動的光散乱法(SLS・DLS),X線小角散乱法(SAXS),およびパルス磁場勾配NMR法(PFG-NMR)によって詳細に調べました.Fig. 1には,PNIPAMの重合度が100,PNVPの重合度が218のブロック共重合体PNIPAM-b-PNVP試料(PNIPAMのモル分率x = 0.31)の水溶液に対する光散乱及び小角X線散乱によって求めた散乱関数を示します.ただし,縦軸のRθは過剰Rayleigh比,Kは光学定数,cは共重合体の質量濃度,そして横軸のkは散乱ベクトルの絶対値を表しています.25 °Cにおける散乱関数はk < 0.1 nm−1でほとんどk依存性がなく,サイズの小さい高分子成分しか溶液中に存在しないことを示しています.これに対して,40 °Cと60 °Cでの散乱関数はk < 0.1 nm−1で急激な立ち上がりを呈していて,高温でPNIPAMブロック鎖が脱水和して疎水化し,それによりブロック共重合体は巨大な集合体を形成したと考えられます.しかしながら,k > 0.3 nm−1での散乱関数はほとんど温度に依存していません(図では,40 °Cと60 °Cでの散乱関数は見やすいように上方にシフトさせていますが,元に戻すとほとんど重なっています).これは巨大な高分子集合体とともに,25 °Cで存在していた非会合体成分が共存していることを示しています.

Fig. 2
Fig. 2. Schematic diagram of dispersion state in aqueous solution of PNIAPM-b-PNVP at 40 or 60 °C.

 

上記の40 °Cでの散乱関数は,内部の高分子濃度が0.35 g/cm3で平均の回転半径が約90 nmの均一な密度の球状粒子とPNIPAM鎖が縮んだ形態をとるオマタジャクシ状の単一分子が共存していると仮定した時の理論線(Fig. 1中の40 °Cに対する実線),60 °Cでの散乱関数は,内部の高分子濃度が0.40 g/cm3で平均の回転半径が40 nmの均一な密度の球状粒子と会合数が3程度の球状ミセルが共存していると仮定した時の理論線(Fig. 1中の60 °Cに対する実線)によく一致しています(Fig. 2参照).

 

密度が均一な球状粒子は,PNIPAM-b-PNVP が高温の水溶液中で液−液相分離を起こし,その濃厚相がコロイド状態で存在しているのだろうと考えられます.PNIPAM-b-PNVP のPNVPブロック鎖もそれほど親水性が高くないために,ミセルにはならずに相分離したと思われます.ただし,PNIPAM-b-PNVP はやはり両親媒性で,球状の濃厚相の表面ではPNVP鎖が表面に出て,コロイド安定性を生み出していると考えられます.この球状粒子のサイズは,高温ほど小さくなる傾向にあります.これは,表面に存在するPNIPAM-b-PNVP単分子層の曲率が脱水和に伴い大きくなったのであると解釈できます.

(佐藤尚弘,田中紘平,豊倉安紀子)

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