研究紹介 18

水溶液中でのビニルポリマー
および多糖の高分子電解質複合体化 によって
形成された高分子コロイド

高分子が溶液中で集合してできたコロイドは高分子コロイドと呼ばれ,そのサイズは調製方法に依存して,数ナノメートルからミクロンの範囲に及びます.高分子コロイドは,近年ドラッグデリバリーシステムやナノリアクターなどへの応用が期待され,盛んに研究されていますが,その応用においてコロイドサイズは基礎パラメータでその制御が重要な課題となっています.

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Chart 1. Chemical structures of polyelectrolytes used in this study.

最近,上野らはChart 1に示す逆符号の電荷を持つポリアクリル酸ナトリウム(PA)とポリビニルアミン塩酸塩(PVA)が水溶液中で形成する高分子電解質複合体コロイドについて調べ,2種類の高分子電解質の混合比が当量に近づくほど,そのコロイドサイズが大きくなることを示し,その混合比依存性を説明する動力学理論を提案した.

研究では,PAとPVAのビニル系高分子電解質とは電荷密度や水との親和性が大きく異なる電解質多糖ヘパリンのナトリウム塩(Hep)とキトサンの塩酸塩(Chts)をPAとPVAとともに高分子電解質として選び(Chart 1参照),水溶液中における4種類の高分子電解質複合体(Hep-Chts,Hep-PVA,PA-Chts,PA-PVA)の形成挙動を静的および電気泳動光散乱,濁度,および元素分析により調べました.

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Fig. 1. Solution turbidity and zeta potential for complexes of Hep and Chts in water.

Fig. 1には,例としてHep-Chts混合水溶液の濁度(透過率)と電気泳動光散乱より得たゼータ電位ψζの混合比依存性を示します.高分子混合物中のHepの重量分率,w-が0.4付近(全電荷に対するHepの負電荷のモル分率x-は0.5)で,濁度は極大,ψζはゼロとなっています.これは,クーロン相互作用によって形成された中性の高分子電解質複合体に溶液中に存在する過剰成分(x- > 0.5ではHep)が僅かに付着し,複合体コロイドを安定化していることを示唆しています.すなわち,x- = 0.5では過剰成分が存在しないのでψζはゼロとなり,コロイドは安定化されず濁度が極大になっていると考えられます.他の組み合わせの複合体もx- = 0.5において濁度は極大,ψζはゼロとなっていました.

fig 2
Fig. 2. Mixing ratio dependence of the weight average number N0,w of charged groups per the polyelectrolyte complex formed in the mixture of Hep and Chts at different c0.

Fig. 2には,やはりHepとChtsの混合水溶液中で形成された複合体コロイド1個を構成している全電荷数N0,w(会合数に比例する)の混合比依存性を示します.N0,wは静的光散乱法から求められました.Fig. 1の濁度の結果から予想されるように,N0,wx- = 0.5で発散するように見えます.また,混合する前のHepとChtsの水溶液の濃度c0が高いほど形成される複合体コロイドは大きくなっています.この依存性も他の組み合わせの複合体でも確認されました.

ポリアニオンとポリカチオンを水溶液中で混合すると,(1)クーロン相互作用によって最小サイズの中性複合体がまず形成され,(2)その複合体がさらに疎水性相互作用によって合体し,(3)同時に溶液中に存在する過剰高分子電解質成分がその成長途中の中性複合体にやはり疎水性相互作用によってゆっくりと吸着し,(4)その吸着電荷がある臨界値に達すると中性複合体の成長が停止して安定なコロイド粒子が形成されると仮定します.このモデルに基づいた理論を用いますと,Fig. 2に示す実線が得られ,実験結果をうまく再現できています.他の組み合わせの複合体のN0,wの実験結果についても,電荷密度や親和性が大きく違うにも関わらず,同じ理論でよく説明されました.

(劉 彗丹,佐藤尚弘)


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