研究紹介 16

プロトン−電子連動を示す水素結合型ダイマー錯体の低温熱容量測定

Fig. 1
Fig.1. Temperature dependence of heat capacity of [ReIIICl2(PPr3)2 (Hbim)][ReWCl2(PPr3)2(bim)].

fig. 2
Fig.2.(Color online)Blue plot shows temperature dependence of total heat capacity of [ReIIICl2(PPr3)2 (Hbim)][ReWCl2(PPr3)2(bim)] below 15 K in a CpT−3 vs T plot. Red plot indicates the Schottky type magnetic heat capacity. Green plot indicates heat capacity without the Schottky type magnetic heat capacity.

fig. 3
Fig.3.(Color online)Excess heat capacity of [ReIIICl2(PPr3)2 (Hbim)][ReWCl2(PPr3)2(bim)] below 8 K in a Cp vs T plot.The solid curve stands for the Schottky type heat capacity.

本研究対象の[ReIIICl2(PPr3)2 (Hbim)][ReWCl2(PPr3)2(bim)]は,Re間の非局在化的電子移動とN原子に水素結合したプロトンの位置の移動が連動しておこる物質です.プロトン移動は233 K以上ではReが平均して+3.5価の状態であるため一重井戸型ポテンシャルを形成しますが,233 Kから213 Kにかけて構造転移を示した後,213 K以下ではRe3+とRe4+の混合原子価状態となり,N原子間の安定な2ヶ所を移動するような二重井戸型ポテンシャルに変化します.プロトンはReWよりもReVに近い方が安定なので,この二重井戸型ポテンシャルは左右非対称な形をしています.Fig.1に錯体の構造とエネルギーの模式図を示します.先行研究(東京理科大学 田所グループ)によるESRの測定結果では17〜20 Kにおいてプロトンの局在化の可能性が示されていますが,この変化が秩序無秩序転移であるかどうかは不明です.本研究目的はプロトンの自由度の変化の詳細を明らかにし,低温でのプロトンの挙動について考察します.特に17〜20 KでのESRの変化がどのような熱異常として観測されるかに注目し,数百μgの単結晶試料を用いた緩和法熱容量測定を行いました.

Fig.1のデータが示すように17〜20 Kにおいて転移を示唆する熱異常は観測されませんでしたが,Fig.2に示したようにCpT−3 vs Tのプロットでは約5 Kにブロードな熱異常が観測されました.さらに,2 Kでの熱容量の上昇について調べるため磁場下の測定をおこなった結果,Reの電子スピンによるショットキー型の磁気熱容量が観測されました.磁気エントロピーは約5 JK−1mol−1であり,これはS=1/2のスピン自由度の磁気エントロピーRln2(=5.76 JK−1mol−1)に近いです.また,磁化測定から電子が局在すると二量体内のRe3+S=3/2スピンとRe4+のS=1スピンが反平行の相互作用をすると考えられています.したがって,Reの磁気異方性のゼロ磁場分裂によるS=1/2の常磁性スピンのショットキー型の磁気熱異常に近い性質を示したのはこのためだと思われます.Fig.2に示すように0 Tの全熱容量から2準位系ショットキー型の磁気熱容量を差し引き,切片の値を外挿により予想し,格子熱容量のT3の係数β1を23 mJK−4mol−1と仮定しました.この物質はReの二核錯体で構成されており,その格子熱容量はT3項に加えTの奇数のべき乗で近似できると考えられます.しかし,本実験結果ではブロードな熱異常により高温域における格子熱容量の見積もりが難しいため,先ほど仮定したβ1=23 mJK−4mol−1T3項だけを用いて8 K以下の過剰熱容量を算出しました(Fig.3).この過剰熱容量の低温域は約25 Kのエネルギー差の2準位系のショットキー熱容量の式によって良く再現されました.これまで,非対称な二重井戸型ポテンシャルは,Reの混合原子価電子の非局在的移動に合わせて随時入れ替わっているので,プロトンは等確率で左右に存在する状態が低温まで実現していると考えられてきました.本研究の結果は,温度の低下に伴う電子の局在化によりReの価数が3価と4価に固定され,二重井戸ポテンシャルが非対称に固定され,この2準位間のエネルギー差よりも低温領域において,プロトンの局在化が生じていることを示しています.また,Fig.3において,約6 K以上では過剰熱容量がショットキー熱異常の理論値を上回ります.実際の格子熱容量の場合,10 KぐらいからT5項,T7項の寄与が効いてくることを考慮すると過剰熱容量はより大きな値になるため,図示してあるプロットよりもさらに上回ると考えられます.これは,プロトン移動のショットキー熱異常に加えて別の過剰熱容量が重なっていることを示唆しています.別の測定において8 K付近で結晶が割れたという現象からも,この温度領域において体積変化が生じているということが推測されます.今後は,4つの塩素を全て臭素に置換した類似化合物の測定を行う予定です。

(池田洋三,中澤康浩)

発 表

池田洋三,山下智史,中澤康浩,田所誠,第49回熱測定討論会(習志野),3C1420(2013)

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