研究紹介 14

(BPDT-TTF)2ICl2の低温での
エネルギーギャップ

Fig. 1
Fig. 1. Molecular structure of BPDT-TTF (bispropylenedithiotetrathiafulvalene).

Fig. 2
Figure 2. Temperature dependence of the magnetic susceptibility of (BPDT-TTF)2ICl2 obtained by 1, 3, and 5 T. The paramagnetic to non-magnetic transition is observed around 25 K, suggesting that a kind of spin-Peierls type transition occurs around this temperature.

Fig. 3
Figure 3. Low temperature heat capacity of (BPDT-TTF)2ICl2 at 0 T, 3 T, and 5 T shown in CpT −1 vs T2 plot. The absence of finite term demonstrates that the ground state is a kind of spin singlet state with distinct gap in thermal excitations.

有機ドナー分子とI3, IBr2, ICl2, AuI2などの直線型アニオンから構成されるラジカル塩では、分子やアニオンの組み合わせによって、多様な結晶構造をとることができるため電子物性と分子の配列の仕方を系統的に研究することが可能なモデルシステムです。分子の積層構造の違いによって、バンド構造や電子相関、電子格子相互作用などが変化して様々な電子基底状態を示すため、物性研究が盛んに行われています。良く知られている、BEDT-TTF分子とこれらの直線アニオンからなる系はβ型という比較的ダイマー性が強い二次元層状構造をつくり、ヘリウム温度付近で超伝導になる物質が複数知られています。この超伝導は、電子相関、電荷揺らぎ等との競合するため、これまでも、様々な手法により電子―格子相互作用系、スピン揺らぎ、電荷揺らぎ系として研究が進められています。実は、これらのダイマー性の強い2:1の塩では、ダイマー性の強さが電子のバンドへのつまり方を考える際に重要になります。ダイマー性が強いことは、ダイマーユニットに電子が局在したMott絶縁体が出来ることになり実効的な1/2充填状態を形成し、それが弱くなると金属状態や1/4フィリングの電荷秩序状態ができます。

我々は、BEDT-TTF分子の外側のエチレン基をプロピレン基に置換したBPDT-TTF (Bispropylenedithioteterathiafulvalene) (Fig.1) ドナー分子とICl2塩の熱測定を、埼玉大学理の谷口グループとの共同研究で進めています。この物質では、β-BEDT-2ICl2塩と同様にダイマーを基本構造にした1/2充填系の電子状態になりますが、BEDT-TTF分子の場合よりもその度合いは強くなり室温でMott絶縁体状態になります。一方で、外側の環状構造を大きくしたため電子密度の大きな硫黄原子が外に張り出すため、斜め方向での分子間での相互作用も強くなるため分子間のトランスファーも大きくなっています。Mott絶縁体でありながらも、ダイマー間の相互作用が顕著に現れる可能性があります。Fig.2 の磁化率の温度変化の図に示したように低温の20 K近辺にスピンパイエルス的なスピンシングレット形成と思われる非磁性化の相転移を示します。先に報告したように(阪大化学熱学レポート2011 No.32 研究紹介22 )、この温度で相転移の熱異常が存在することが分かりました。しかし、この熱異常は、通常の緩和法による測定精度では検出できず高感度のマイクロチップを用いて初めて検出することができました。スピン系の変化とはいえこのように小さい異常であるため、低温で確かに、非磁性化がおこっているのか調べる目的で低温での熱容量を測定しました。図にその結果をギャップの有無を評価するため、CpT −1 vs T2 のかたちで示しています。1 Kまでの熱容量を絶対零度まで外挿していくと確かにCpT −1 がゼロに向かいます。スピンがシングレットを形成しギャップが開いた状態になっていることがわかります。磁場を3 T, 5 T とかけて変化をみていっても、外挿値はゼロのままになっているのでこの程度の磁場ではこわれないギャップが形成されていることがわかります。磁化率で見えていたCurie項は熱容量で見えるほどの量はなく0.1%のオーダーになり結晶は十分にきれいな状態であると考えられます。ダイマーにスピンが局在しspin-Peierls転移を示す系として、(DMe-DCNQI)2Li, (DMe-DCNQI)2Agが知られています。これらの系の熱測定によると、ピークの形状は両塩で異なるもの熱異常は全体の熱容量の3-5%と、今の場合よりもはっきりと観測されていました。

なぜこの(BPDT-TTF)2ICl2では熱異常が小さくなるのでしょうか。ひとつには、積層方向だけでなく、互いに斜め方向に位置するダイマー間の相互作用によって系が二次元的になりシングレット形成にもいくつかのパターンが生じる可能性があります。DMe-DCNQI系では1次元的な積層配列が明確ですが、二次元的になってくると反強磁性のMott的な要素と電荷の分布の自由度も入ってきます。二次元のBEDT-TTF塩の中でも反強磁性転移を示すκ-塩や、電荷秩序を形成する θ-塩などでもスピン系の秩序形成の転移は、はっきり熱異常としては観測されていません。二次元的な量子性も相転移の長距離性の抑制に関係しているように思います。特に、この系はダイマー間でのクーロン反発が起こっている可能性があり、ダイマー系ではありますが後者のθ-型塩のような電荷の自由度に関係した問題が生じている可能性があります。この場合、ダイマー内でも電荷分布が生じてくる可能性が高く、誘電的な性質も期待されます。スピンの自由度だけでなく、この電荷分布に関する問題も考慮にいれ議論を進める必要があるように思います。IBr2, I3塩では転移温度も高くなっていくためアニオンサイズによる系統的な熱容量の変化もみて行く予定です。

(关 国昒, 中澤康浩)

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