Fig. 1 The Schottky heat capacity due to the tunneling proton in bromo-hydroxy-phenalenone derived
from experimental heat capacity data. [2]
Fig. 2 Far infrared spectra of bromo-hydroxy-phenalenone. T=5 K.[3]
Fig. 3 The same as in Fig. 2. T= 85 K. [3]
Fig. 4 The peak wave-numbers of the tunneling and vibrational transitions in
bromo-hydroxy-phenalenone at different temperatures. [3]
Fig. 5 The double minimum potential for a proton in the intramolecular hydrogen bond in
bromo-hydroxy-phenalenone.
ブロモヒドロキシフェナレノン(BHP)の分子内水素結合において, プロトンのトンネル運動が遠赤外領域に強く温度依存する吸収を生じさせることを低温フーリエ赤外分光測定によって見出し1999年に報告した[1]. またそれに先立って低温熱容量測定を行い, 測定結果からトンネル分裂に相当する2準位ショットキー型熱容量とエネルギー準位を導いた[2]. 2001年にはヨードヒドロキシフェナレノンについても同様のトンネル準位による遠赤外吸収を報告した. その後,吸収スペクトルの実験データの解析が徐々に進んできたので,ここに一つの段階として報告する.
BHPのショットキー準位による熱容量(Fig. 1)はそのおよそ50倍の大きさをもつ格子振動に埋もれているが, ある温度領域においてBHPの熱容量のほうがその重水素置換(BDP)より大きいという実験結果にもとづいて, BHPには余分のエネルギー準位があることが言える. Fig. 1は,できる限り合理的な方法でショットキー熱容量を格子振動の熱容量から分離して得たものである. 得られたトンネル分裂64 cm−1は遠赤外吸収スペクトルによる値83 cm−1よりかなり小さいが,その差は解析に含まれる仮定に由来する. Fig. 2に最も低い温度(5 K)におけるトンネル遷移の遠赤外吸収スペクトルを示す[3]. 大強度の吸収がトンネル遷移,幅の狭いほうのピークは振動遷移である. 理論曲線は二つのガウス関数の和によって実験データを再現した最適関数である. トンネル遷移の強度と線幅は振動遷移(帰属は未定)に比べて非常に大きい. 温度上昇に従ってトンネル遷移は一段とブロードになることが85 Kにおけるフィッティング(Fig. 3)からわ かる. 振動遷移の方はあまり変化しない. このような解析を各温度のデータについて行い,ピーク波数を温度の関数として決定した. 結果をFig. 4に示す.同時にフィッティングした振動遷移の波数もプロットした. これらの解析から,トンネル遷移が振動遷移と異なる性質をもつことがわかる. トンネル遷移の線幅は極低温においても広い.温度上昇に伴って一段と広くなる. また中心波数は温度とともに上昇する. これは,一般の振動遷移の大多数は温度上昇に伴って波数は低下するのと対照的である. 高温において,線幅と中心波数はともに飽和の傾向を示す.
2つの放物線を並べたポテンシャルエネルギーに対して, シュレーディンガー方程式のエネルギー固有値が計算されている[4]. 放物線の曲率と極小間の距離がパラメーターであるが,それらを,O-H伸縮の波数(3000 cm−1と仮定)とトンネル分裂83 cm−1から決定し, Fig. 5に描いた.その関数は次式の通りである[5].
この関数は原点において微分可能でないが,方程式の性質上大きい問題ではない. 極小間の距離は44.6 pmである.極小間距離は多くの水素結合系について回折実験で研究され, 強誘電体の重水素効果を決める重要な構造パラメーターであることが知られているが[6], これはトンネル分裂の実験値から決められた最初の値である. なおまたFig. 4からトンネル遷移の波数の温度依存性を決める温度パラメーターが77 cm−1と得られ,これも線幅の温度依存性の特性温度(83 cm−1)もトンネル分裂そのものと同じ大きさであることがわかる. これらの結果は隣接分子の励起状態が,分子内ポテンシャルに加えて, トンネル分裂の大きさを決めるファクターであることを示している. また,このポテンシャル中に置かれた重水素のトンネル分裂は11 cm−1と得られた.