外国人研究員としてセンターに1ヶ月以上滞在された方々(5名)それぞれについて,ごく簡単な紹介を以下に記し,帰国後いただいた手紙を後に掲載させていただく.
ヤン・クラフィチックさんは単身で来日し,豊中キャンパスの国際交流会館に滞在した. 初めての日本ということもあり,研究に限らず文化全般にわたり旺盛な好奇心をもって,滞在の3ヶ月間を極めて有効に過ごされたという印象である. 彼のホームページには,日本で撮影した膨大な数の写真が掲載されている. これまで,液晶物質をはじめとする複雑な凝縮系の分子運動を調べる目的で,中性子散乱実験による研究に従事してこられた. そこで,滞在中には2種類の液晶物質(5*CBおよび12BCNP)の熱容量測定を一緒に行った. また,日本原子力研究開発機構(JAEA)で行う2006年度の中性子実験のために,共同で実験申請を行った. この申請はその後受理されたが,この種の実験に外国人が参加するには手続きが極めて煩雑であり,残念ながら,実際の中性子実験は当方だけで行わざるを得なかった. しかし,このような複雑な系を対象とするには,中性子散乱実験や誘電測定に熱容量測定を加えた相補的な研究が不可欠であることが示せた. 一連の共同研究を継続するために彼は再度,2007年1月5日に来日する予定である.
Welcome dinner for Dr. Jan Krawczyk
マリア・マサルスカ・アロジさんは,大阪大学に到着して3週間もの間,国際交流会館に空き部屋が無く,待兼山会館や近くのホテルでの滞在となった. この間,落ち着かない日々を過ごしてもらうことになり,大変気の毒であった. 一方,2月6日〜2月20日には,ご主人のヘンリク・アロジ(Henryk Arodź)教授(ヤゲロニアン大学物理)が京都大学基礎物理学研究所に滞在された関係で,週末を観光で一緒に過ごされるなど行動を共にされたようである. 彼女は,2003年の滞在(本レポートNo. 25)に続いて,当センターは2度目であった. クラフィチックさんと同じ所属で,ガラス形成物質の誘電測定と熱測定が専門である. 共同研究の延長として,5*CB,12BCNPの他に16BCNPやMHOBS5など,一連の液晶物質やガラス形成物質の熱容量測定を一緒に行った. その後も予定の測定試料は次々と増え,今や合計で10試料以上に及んでいる. 国際会議での発表など,成果はまとまりつつある.
Farewell dinner for Prof. Maria Massalska-Arodź
ジーン・ミネルさんは,これまで当センターに滞在した外国人研究員では最年長である(80歳). 1991年に,稲葉がレンヌ大学客員教授として迎えられたとき,世話をしていただいたという間柄である. その後,1994年に仙台で開催された「中性子散乱国際会議 ICNS '94」の折りに,大阪大学で「中性子散乱と熱測定」と題する講演会を開催した(本レポート No.15). その参加メンバーの一人でもある. 長年にわたり,メチル基のトンネル回転を分光学的に研究してきた. われわれが“ミネル分子”と呼んでいる「メジチレンのハロゲン誘導体」について,ラマン散乱や赤外吸収,中性子散乱に加え,一連の量子力学計算も行った.それが彼のライフワークである. われわれの共同研究歴はのべ10数年に及ぶが,残念ながらまとまった共著論文がこれまでにないため,これを機会に是非とも実現したいと考えている. 滞在中には一緒に低温熱容量測定を行ったが,測定試料がさほど純粋でないと分かるや,研究室の倉庫に眠っていた昇華精製器具を探しだし,夜半までかけて自らで精製するという,80歳とは思えぬエネルギッシュな実験家である. 日本食をこよなく愛する美食家でもある.
Farewell dinner for Prof. Jean Meinnel
ウーベ・アンダーソンさんは,外国人研究員としては2度目の赴任であった. 前回(本レポート No. 26)同様,家族で滞在された. 彼は水の高圧研究,とりわけ高圧下での非晶質氷の熱伝導および誘電測定による世界に先駆けた研究を行っている. 残念ながら,当センターには超高圧で熱測定できる装置が無いため,水素結合が強く関与した水溶液ガラスとして,また氷の結晶化でも非常に興味深いグリセロール水溶液に関する研究を行ってきた. 彼としては馴染みの薄い対象であったが,数々の議論をしていて,その理解力には感心させられた. 共著論文の作成でも,表現力や説得力に並はずれた能力の片鱗を見せてもらった.
Farewell dinner for Dr. Ove Andersson
フランソワー・フィオーさんは,前述のミネル教授と同様,トンネル現象を追求する“tunnellers”の一人である. また,1994年の「中性子散乱国際会議 ICNS '94」および大阪大学での「中性子散乱と熱測定」講演会の参加メンバーでもある(本レポート No.15). 彼とは10数年の間に何度か,イギリスのラザフォード研究所やフランス・グルノーブルのラウエ・ランジュバン研究所,あるいは高エネルギー加速器研究機構での中性子実験の折りに出会った. 中性子のユーザー仲間である. プロトンが関与した種々の量子力学現象に対して“fancy”なモデルを提案することで,ヨーロッパでは有名である. 最近は,メチル基を部分的に重水素化することで相転移を引き起こす系について,構造とダイナミクスの研究を行っている. 今回も,これらのテーマで共同研究を行った. 滞在中の10月7日〜9日には京都大学で第42回熱測定討論会(第27回熱物性シンポジウムとのジョイントミーティング)が開催され, 稲葉が実行委員長を務めたこともあり,特別講演をお願いした. 中性子散乱によるダイナミクス,X線および中性子の回折による構造,熱測定による相挙動と乱れの研究という,いずれを欠いても本質が捉えられないという点で,相補的な研究の重要性を講演していただいた. 約6週間の赴任を終えた後は,フランスから奥様が合流し,2週間にわたり別府と東京の旅行を楽しまれたそうである.
Farewell BBQ for Dr. François Fillaux