本レポートでは,これまで研究スタッフの受賞記事を何度か掲載しましたが,関連の研究室を巣立った卒業生については特に調査もしませんでした. 昨年のレポートの編集後記では,そのような調査を行うことを約束しました. その結果として,今回は3名の卒業生の受賞についてご紹介します.
昭和50年(1975年)に関研究室を卒業し,日鉱金属に勤務する安部吉史氏は,銅精錬の残渣ともいうべき電解殿物を処理することによって貴金属を取り出す技術を改良しました. その功績が認められ,2000年に資源・素材学会の学会賞「第74回渡辺賞」を受賞しています. 従来,貴金属の回収と言えば,数百度の高温において金属溶融体中で行っていたのですが,これを100 ℃以下の水溶液中で実施し,金・銀・白金属を高純度で分離回収するプロセスを実用化したわけです. とりわけ,白金族の分離回収など,原料中の主要な元素を分離回収するフルセットのプロセスとしては世界初ということです. この改良によって殿物の処理能力が著しく高められ,同社の生産能力が金 2500 kg/月,銀 32000 kg/月,パラジウム 400 kg/月,白金 40 kg/月にそれぞれ高められるとともに,いずれの品質も飛躍的に向上したとのことです. まるで錬金術のような夢の話ですが,そこには確かな熱力学が脈々と流れています. 写真は,2005年に開催された関研究室の同窓会(皐月会)で,受賞内容をあらためて講演していただいた時のものです.
安部吉史氏
関研究室に在籍し,昭和46年(1971年)に大学を卒業,大学院博士課程を修了した龍見雅美氏は,住友電気工業に勤務しています. 彼は,化合物半導体材料である燐化インジウムInPとその関連材料に関する国際会議(IPRM)において,この分野で最も顕著な貢献をしたという理由でMichael Lunn Award 2005を受賞しました. 受賞式は2005年5月に,グラスゴウで開催された第17回IPRM会議のバンケットの席上で行われました(写真). InP単結晶は,光通信用受発光素子や電子素子の基板として広く用いられます. ところが,結晶中の転位や化学量論組成からのわずかなずれが,発光効率や受光素子のSN比などの特性に大きく影響します. そこで,燐の蒸気圧制御下(1000 ℃, 30気圧)での引き上げ法を開発することで高品質の結晶成長を可能にし,その工業化にも成功したということです. 同じ成果に対して日本結晶成長学会からも,1999年に技術賞を受賞しています. これらの仕事は,物作り技術世界一の日本に相応しい,輝かしい業績と高く評価されています. 彼は,大学院時代には断熱法による高分解能熱容量測定のための装置開発と大きい単結晶試料の育成,それを用いた熱物性研究に従事しました. そこで培われた粘り強い研究心や探求心がずっと生き続け,別の分野で幾つも花を咲かせたという証でしょう. 一時期は宇宙実験にも参画するなど,非常に活発な研究活動を続けてこられました.
龍見雅美氏
昭和56年(1981年)に菅研究室で修士の学位を取得した後,住友金属工業に勤務している植田昌克氏は,この度,NACE(National Association of Corrosion Engineers)InternationalからF. N. Speller賞を受賞しました. NACE Internationalは,金属や合金の腐食について研究する世界的な学会で,93ヶ国よりの会員約15000名を擁し,60年を越える歴史のある巨大な組織です. この賞は35年の歴史をもつ国際的な賞であり,金属の腐食を制御する方法やプロセス,そのための装置・設備の開発や改良など防食工学への多大な貢献に対して贈られるものです. 日本人の受賞者は,元新日鉄中央研究所所長に続いて今回が2人目です. 彼は,ニッケル・クロム・モリブデンを含む種々のステンレス鋼の腐食反応を,環境と材料の両面から熱力学的に研究しています. 高温・高圧・硫黄・pH・硫化水素・二酸化炭素分圧・応力条件などに基づき,合金表面に生成する熱力学的に安定な自己修復被膜を解析することによって,種々の条件にあった油井管を開発し,その普及に努めたことが今回認められたものです. 受賞式は,2006年3月15日にカリフォルニア州サンディエゴで開催されたCORROSION/2006で行われ,そこで「Development of CRAs (Corrosion Resistant Alloys) for the Oil and Gas Industry-Based on Spontaneous Passivity Mechanism」と題する受賞講演が行われました. 彼の大学院当時の仕事は,六方晶氷の残余エントロピーと格闘したもので,プロトンガラスを秩序化するために種々の化学種のドープ効果を模索するというものでした.
植田昌克氏.左はNACE Internationalの前会長 Neil Thompson氏
今回ご紹介した3名の卒業生の受賞は,いずれもが熱力学を基礎とする卓越した業績に対して与えられたものです. 長年の研究がやっと実ったという達成感は,ご本人にとって格別なものがあることでしょう. 一方で,直接指導された当時の先生はもちろんのこと,在籍するわれわれも大変誇りに感じると共に心強い思いがします. このように,大学における研究を通しての教育は,ずっと遅れて忘れた頃に効果が現れるものです. 評価を決して性急に行ってはならないという,よい例かもしれません.
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