2004年4月から2005年11月までの1年8ヶ月という短い期間,分子熱力学研究センターに講師として在籍しました. それまでは,茨城県つくば市にある独立行政法人物質・材料研究機構の物質研究所(旧科技庁無機材質研究所)に在籍し,熱測定とは縁もゆかりもない,準結晶の構造に関する研究を行なっていました(今でもですが…). 物理学出身ということもあり,当初分子熱力学研究センターでやっていけるのかどうか一抹の不安を覚えたものです.
私は大学院学生時代には,分子性結晶の構造相転移やグラス転移を,X線回折を手段として研究していましたので,以前から関先生,菅先生の御名前は論文をとおして知っていました. また,当然のことながら,仁田先生の著書「X線結晶学」で回折結晶学を勉強しました. 当時阪大熱学レポートも図書館でコピーして勉強した覚えがあります. しかしながら,迂闊にも分子熱力学研究センターが阪大熱学レポートを出版している所であるとはセンターに着任する少し前までは知りませんでした.
センターに着任してからは,以前からの準結晶の構造に関する研究を続けるかたわら,準断熱型の新規熱容量測定システムの構築(本レポート No. 25)と,準結晶および近似結晶の熱容量測定(本レポート No. 25,26)を稲葉先生と修士課程の神吉君とともに行いました. 準断熱型熱容量計は一応の完成はしましたが,今後,さらなる改良がなされるものと期待しています. 準結晶およびその近似結晶の熱容量測定は,主に市販の装置であるQuantum Design社製PPMSを用いて行ないました. これらが私にとって,はじめての熱測定でした.
熱測定に接して勉強できた点は,測定対象の系が何らかの鋭い変化(相転移)を示す場合を非常によくプローブ出来る測定手段であるということを認識できたことです. なんでも見えるという点は非常に良いです.選択則がないという利点です. しかし,一方で,系のブロードな変化では,目的の情報を分離して取り出すことの困難さも認識しました. 実験データーそのものは高精確度で測定されていても,処理され分離されて取り出された情報がどれくらい信頼できるものかは,モデルにも依存しますし,注意が必要であるとわかりました. 今になって非常に残念に思うことは,在籍中,私自身で断熱熱量計による測定を行う機会がなかったことです. 高精確度の実験データーを生み出す断熱熱量計の本体を間近に見て構造のシンプルさに得心し,T103室の断熱コントロール装置のラック群を初めて見たとき圧倒されたのも,今となっては良い思い出です.
在籍中は稲葉章先生をはじめとする教職員および院生・学生の皆さんには大変お世話になりました. 心よりお礼を申し上げます.今後,分子熱力学研究センターのますますのご発展をお祈りいたします.
Farewell dinner for Prof. Hiroyuki Takakura