大学での教育研究はどうあるべきか, とくに理系大学で日本が決定的に立ち遅れているのは何かが今日よく議論される. そこで必ず引き合いに出されるのが英語力,とりわけ話す英語の力である. あらゆる分野で世界が“グローバル化”しており,世界共通語である英語が自由に使いこなせないため, 最先端の研究から取り残され,日本の大学が他国から敬遠されているという議論である. その一面は確かにある.第一線で対等に渡り合い, 議論を闘わせながら協調するという(ある先生の表現を借りれば「紳士的に喧嘩をする」)能力がなければ, まともな切磋琢磨ができない.これからの学生には, しっかりとした英語力を是非とも身に付けて欲しいものである. 一方,英語は道具であるから当然だが,英語力だけでは専門的な話の内容には入り込めない. 英語で少しコミュニケーションがとれるようになったとき, しみじみと感じるのは「本来の専門知識や理解力の欠如」である. したがって,英語力さえ身につければよいというものではない. 分子熱力学研究センターでは外国人研究員が頻繁に出入りし, 自然なかたちで英語によるコミュニケーションができる環境が整っていると言えよう. それでは,これで万全かというとそうでもない. このような環境に積極的に入り込もうとする自発的な動機付けがなければ,せっかくの環境も生かせない. やはり,そこには純粋な好奇心や研究心が前提とされるのであり,必須なのである. それが日本では,英語力のひ弱さに拍車を掛けている大きな原因という気がしてならない.
今年も理学研究科化学専攻・高分子科学専攻の協力を得ながら, 本センターでは研究・教育活動を着実に行ったと考えている.以下に現況を報告する.なお, 本号を含め阪大化学熱学レポートのバックナンバー(No. 1〜No. 27)を全てセンターのホームページ ( http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/micro/)に掲載している. ただし,再掲論文は除いてある.
教 授 | 稲葉 章 | 分子熱力学研究センター(センター長) |
教 授 | 笠井俊夫 | 化学専攻:物理化学講座 |
教 授 | 佐藤尚弘 | 高分子科学専攻:高分子凝集系科学講座 |
教 授 | 中澤康浩 | 化学専攻:物理化学講座 |
教 授 | 深瀬浩一 | 化学専攻:学際化学講座 |
教 授 | 山口 兆 | 化学専攻:物理化学講座 |
教 授 | 渡會 仁 | 化学専攻:無機化学講座 |
センター長(兼) 教 授 |
稲葉 章 | inaba(注) |
教 授(兼) | 中澤康浩 | nakazawa |
助教授(兼) | 竹谷純一 | takeya |
講 師 | 長野八久 | nagano |
講 師 | 宮崎裕司 | miyazaki |
特任研究員 | 崎里直己 | sakisato |
事務員(兼) | 細川裕子 | yhoso |
今年も各種の国際会議ならびに国内学会で講演発表を活発に行った. 一般講演発表を含むリストを本号に掲載してある. 国際会議報告については,本号レポート記事を参照していただきたい. 特筆すべきは,徂徠名誉教授のポーランド科学アカデミー名誉教授就任で行われた記念講演である. これについてもレポート記事を見ていただきたい.
学内の教育活動として各人それぞれ講義・セミナー・学生実験などを担当している. 今年度の担当は以下の通りである.
基礎セミナー(化学フロンティア):稲葉,中澤,竹谷,宮崎,崎里/化学概論:中澤/基礎化学1:中澤/人間教育科目(平和の探求):長野/化学熱力学:長野/化学入門セミナー1:中澤,長野
基礎セミナー(現代科学の課題):長野/化学入門セミナー2:宮崎/共通教育化学実験:長野/自然科学実験1:宮崎
化学熱力学1:稲葉
化学熱力学2:稲葉/基礎化学実験:長野
統計力学概論:稲葉/化学実験1:竹谷,長野,宮崎
統計熱力学演習:竹谷,宮崎
物性化学:中澤/化学熱力学3:中澤
凝縮系物理化学:中澤,竹谷
この一年間に修士(理学)が2名誕生した.
非公式ではあるが,実質的な研究指導により海外でPhDが誕生している.
オックスフォード大学ならびにケンブリッジ大学とは1986年から今日まで, 長期にわたり共同研究を継続している. その交流を通して,同様の研究指導によりPhDを取得した当時の学生は以下の通りである. 彼らはいずれも,大学での研究活動を継続している.
この他にも多数の学生を海外で指導し, 修士に相当する学位(Part IIやdiploma)取得には少なからず貢献してきた.
昨年に続き今年も,子供向け科学番組「Qっと!サイエンス」への出演依頼を受け,稲葉が「No. 294:熱の不思議」に出演した(テレビ大阪:2006年2月11日(土)午前9:30〜9:45放映,テレビ和歌山・びわ湖放送・奈良テレビ・福井テレビでも放映).今回は,エアコン(ヒートポンプ)がテーマであり,冷房も暖房もできるエアコンの仕組みを説明するのが最終目的であった.そのために熱の性質から説明し,物質は原子や分子からできていること,その運動エネルギーの大きさで温度が決まるという話,熱の伝わり方(伝導,放射,対流)を実際にいろいろな温度計で測ってみせる実験,空気の断熱膨張による温度の変化を実際に測るなど,視覚に最大限訴えていろいろ試みた.それにしても,小学生でも分かる説明というのは実に難しい.一方で,二酸化炭素を冷媒としたヒートポンプはすでに家庭に出回っているのである.そのうち彼らが熱力学第二法則を理解し,納得してくれればよいが,と願いながら番組は終わった.
ところで,昨年に出演した「No. 268:つめた〜い氷の世界」(本レポート No. 26)に対して最近,社会福祉法人 聴力障害者情報文化センターより依頼があった.そのビデオを各都道府県の聴力障害者向け映像ライブラリーに備えて,無料貸し出しに供したいとの申し出であった.思いがけない社会貢献をすることになり,恥を忍んで出演した甲斐があったのかもしれない.実際,熱や温度を扱った番組は視聴率が他に比べてかなり高いとのことである.身近な問題であるだけに子供達の関心を集めるのであろう.
日本熱測定学会編として,熱や温度に関する啓蒙書「山頂はなぜ涼しいか 熱・エネルギーの科学」(東京化学同人)が出版された.編集には徂徠名誉教授や松尾名誉教授が深く関わり,執筆には稲葉も加わった.たまたま,第42回熱測定討論会の開催と重なったため,会場での販売にも積極的に協力することになった.知り合いの高校教師への宣伝,大学生協での販売依頼,地方図書館への購入依頼など幾つかの活動が実ったためか,発売後1ヶ月で増刷の見通しが出てきたようである.
日本熱測定学会主催の第42回熱測定討論会が,京都大学(吉田本部キャンパス)を会場として10月7日〜9日に開催された.その実行委員長を稲葉が務めた.本号の報告記事を参考にしていただきたい.構成員全員が一致協力し,円滑な運営ができたものと思う.今年の各人の活動を以下に示す.
氏名 | 目的国 | 目的 | 期間 |
講師 宮崎裕司 |
ブラジル | The 2nd International Symposium on Chemistry and Chemical Thermodynamicsに出席(サンペドロ) |
2006.4.7 - 2006.4.15 |
教授 稲葉 章 |
ドイツ | The 9th Lähnwitzseminar on Calorimetry に出席 (ロストック) |
2006.5.27 - 2006.6.5 |
博士前期課程学生 鈴木 晴 |
ドイツ | The 9th Lähnwitzseminar on Calorimetry に出席 (ロストック) |
2006.5.27 - 2006.6.5 |
助教授(兼) 竹谷純一 |
米国 | Organic Electronics Conferenceに出席 (ペンシルバニア) |
2006.6.29 - 2006.7.1 |
講師 宮崎裕司 |
米国 | THERMO International 2006に出席 (コロラド) |
2006.7.30 - 2006.8.6 |
教授(兼) 中澤康浩 |
米国 | THERMO International 2006に出席 (コロラド) |
2006.7.31 - 2006.8.5 |
助教授(兼) 竹谷純一 |
ドイツ | Organic Electronics Conference and Exhibitionに出席 (フランクフルト) |
2006.9.25 - 2006.10.4 |
来訪者(Visitor) | 所属(Affiliation) | 訪問期間(Visiting days) |
Dr. Jan Krawczyk | Institute of Nuclear Physics, Kraków, POLAND | September 6 - December 8, 2005 |
Prof. Maria Massalska-Arodź | Institute of Nuclear Physics, Kraków, POLAND | January 17 - March 19, 2006 |
Prof. Henryk Arodź | Jagiellonian University, Kraków, POLAND | February 6 - 20, 2006 |
Dr. Robert Pelka | Institute of Nuclear Physics, Kraków, POLAND | February 15 - 16, 2006 |
Prof. Michel Verdaguer | Universite Pierre et Marie Curie, Paris, FRANCE | March 5 - 10, 2006 |
Prof. Jean Meinnel | University of Rennes, Rennes, FRANCE | March 19- April 29, 2006 |
Dr. Heinz Dieter Middendorf | Clarendon Laboratory, University of Oxford, Oxford, UK | April 20 - 21, 2006 |
Dr. Ove Andersson | Department of Physics, Umeå University, Umeå, SWEDEN | May 1 - June 30, 2006 |
Prof. Yulian Myronovych Vysochanskii | Institute for Solid State Physics and Chemistry, Uzhgorod University, UKRAINE | May 12, 2006 |
Dr. R.K. Thomas FRS | Physical and Theoretical Chemistry, University of Oxford, Oxford, UK | July 9 - 13, 2006 |
Dr. Xuefeng Sun | Central Research Institute of Electric Power Industry, Japan | July 28, 2006 |
Dr. François Fillaux | LADIR - CNRS, Thiais, FRANCE | September 5 - October 31, 2006 |
Prof. Zhiwu Yu | Department of Chemistry, Tsinghua University, CHINA | October 5 - 9, 2006 |
Prof. Jaroslaw Šesták | Institute of Physics, Academy of Sciences, CZECH REPUBLIC | October 6 - 13, 2006 |
Dr. Yoshikata Koga | Department of Chemistry, University of British Columbia, CANADA | October 6 - 13, 2006 |