徂徠道夫名誉教授が
ポーランド科学アカデミー名誉教授に推挙

ポーランドのクラクフ核物理研究所のヴァシュティンスキー教授からの手紙で,「元センター長の徂徠道夫名誉教授を,ポーランド科学アカデミーの名誉教授に推挙したい」との知らせを受けたのは本年2月上旬のことであった. 推薦理由は,1) 液晶や柔粘性結晶,分子磁性体に関する熱力学的研究による学術的な貢献,2) クラクフ核物理研究所と阪大分子熱力学研究センターとの間の長年に亘る共同研究への貢献である. 前者については,あらためて紹介するまでもないので,ここでは両機関の繋がりを少し記しておきたいと思う.

当センターとクラクフ核物理研究所の凝縮系物理部門との関係は,個人レベルの交流を含めると歴史はかなり古い. 液晶やガラス形成物質,分子磁性体を対象とした研究,実験手法としては中性子散乱実験や誘電緩和測定,熱測定による研究で,かなり共通した興味をもつグループ同士が自然なかたちで共同研究を進めてきたというのが実際であろう. それが,1999年からは正式なかたちで「政府間協定によるポーランド・日本科学技術共同プロジェクト」として今日まで継続している. 化学熱学レポートの滞在記録を見返しても,Ściensiński博士(No. 16),Mayer博士(No. 16,No. 19),Wasiutyński博士(No. 23),Massalska-Arodź博士(No. 25,No. 27),Krawczyk博士(No. 27)の名を見つけることができ,現在進行形の共同研究の様子がよく分かる.

徂徠先生が今回,ポーランド科学アカデミー名誉教授に推挙されたことは,センターの学生・院生を含め,われわれ研究室で研究に従事している者にとって,大きな誇りであるだけでなく,大変な励みになることである. ここに,お祝いとともに感謝の意を表したいと思う.

さて,10月になってヴァシュティンスキー教授からは再び,授与式に続き記念講演が行われた模様の報告と,名誉教授証の写しに経歴・業績を添えた立派な冊子を送っていただいた. ここに,その手紙を再録させていただく. なお,授与式の様子やこれまでの経緯の詳細を伝えてもらうために,徂徠先生にも寄稿していただいた.

(稲葉 章)

Page 1 of the Letter from
Prof. Wasiutyński

Page 2 of the Letter from
Prof. Wasiutyński

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授与式の写真

名誉教授証

(左)ポーランド科学アカデミー,ヘンリーク・ニェヴォドニチャインスキー核物理研究所(the Henryk Niewodniczański Institute of Nuclear Physics)所長マレック・イェジャベック教授(Prof. Marek Jeźabek, Director)から名誉教授証を受け取る徂徠道夫元センター長. 後方は,同研究所科学評議会議長のタデウッシュ・ヴァシュティンスキー教授(Prof. Tadeusz Wasiutyński, Chair). (写真撮影:Dr. Wojciech Zając) (右)名誉教授証

ポーランド科学アカデミーの名誉教授に選ばれて

大阪大学名誉教授 徂徠道夫

このたびクラクフにあるポーランド科学アカデミー核物理研究所から,思いもかけず名誉教授(Honorary Professor)に推挙され,去る9月27日の伝達式で名誉教授の称号を,所長イェジャベック教授(Prof. M. Jeźabek, Director)から戴く栄誉に浴した. 1955年に設立されたこの研究所は約400名規模であり,5部門から構成されている. その中の一つに凝縮系物理部門があり,私はこの部門の方々と1973年以来のおつきあいをさせていただいている. これまでに選ばれた7名の名誉教授はドイツ・フランス・スイスの核物理研究者だったので,今回凝縮系物理関係から選ばれたことを大変喜んで頂いた. 選考理由は物性熱力学への貢献と,クラクフ核物理研究所と阪大分子熱力学研究センターとの間の長年に亘る共同研究への貢献とされている. 選考に当っては厳正を期すため,核物理研究所のみならず,ポーランド科学アカデミー所属の物理化学研究所(ワルシャワ)および低温・構造研究所(ウロツワフ)からの所見も重要な役割を果したそうである. 名誉教授証伝達のあと,“Calorimetric Studies of Phase Transitions and Our Collaborations”と題して約1時間の講演をさせていただいた.

名誉教授証伝達式には,遠くワルシャワの物理化学研究所からもお二人の賓客ジーレンキ−ヴィッチ教授(Prof. W. Zielenkiewicz:ポーランド科学アカデミー会員)と超伝導研究で著名なスコシキーヴィッチ教授(Prof. T. Skośkiewicz:物理化学研究所科学評議会議長)がご出席下さり,光栄なことであった. 筆者はメスバウアー分光によるスピンクロスオーバー現象の研究のため,1974年から2年足らず西ドイツのギュートリッヒ教授(Prof. P. Gütlich)のもとに留学した. その成果の一部を,1975年にクラクフで開催されたメスバウアー分光国際会議で発表したが,会議の組織委員長へリンキーヴィッチ教授(Prof. A. Hrynkiewicz:ポーランド科学アカデミー会員)も伝達式においで下さり,これまた光栄なことであった. 以下に述べるように,核物理研究所凝縮系物理部門との交流が始まったのは,33年前にヤニック教授(Prof. J. Janik:現ポーランド科学アカデミー会員)にお目にかかったことに端を発している. 今回の名誉教授推挙にあたってご尽力下さったヤニック教授も伝達式においで下さり,嬉しいことであった.

1973年にインドのバンガロールで開催された液晶国際会議に出席し,液晶のガラス状態に関する研究を発表した. 初めての外国出張であり,初めての英語による口頭発表で緊張したが,質疑応答でガラス性液晶の解釈の妥当性について強烈な議論を持ちかけられたのが,ヤニック教授であった. 今日,液晶は表示素子として不可欠の素材であるが,このような応用が可能になったのは,1969年にドイツで低温液晶MBBA(室温液晶ともいう)が発見されたからである. ヤニック教授グループは世界に先駆けてこの液晶の熱力学的研究をされている. この会議を契機として,ヤニック教授ならびに核物理研究所の多くの方々との交流と共同研究が進められている. 特に故マイヤー教授(Prof. J. Mayer)と連携して応募した政府間協定によるポーランド・日本科学技術共同プロジェクトが,1999年から正規プロジェクトとして採択され,共同研究の体制が整った. この事業をより実効的にしたのは,1999年に改組された分子熱力学研究センターの発足にあたり,文部省との交渉で外国人客員研究員のポストと予算が認められたことである. この制度を利用して幅広く外国人研究者を受け入れているが,その中で核物理研究所からはこれまでに延べ5名の方が分子熱力学研究センターに長期滞在されている.

核物理研究所の名誉教授になったことが,ポーランドの日刊紙“Dziennik Polski (Daily Poland)”(50万部発行)の10月5日の科学欄のトップ四分の一頁にわたり写真入りで報道(Dr. M. Nowina-Konopkaの記事)されたのは,面映いことであった. ちなみにこの科学欄が出るのは月2回とのことである.

今回,名誉教授の栄誉にあずかったのは,数多くの方々のご尽力によるものである. 特に終始お世話いただいた核物理研究所科学評議会議長のヴァシュティンスキー教授(Prof. T. Wasiutyński, Chairman)に心からのお礼を申し上げたい. 名誉教授の称号を戴いたのは,分子熱力学研究センターが国の内外に広く門戸を開き,実り多い共同研究の成果を挙げてきたことも大きな要因である. センター関係者を代表して戴いたものであり,皆さんとこの栄誉を分ちあいたい.

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