単分子磁石ネットワーク化合物の
弱磁場領域でのスピン反転凍結

Fig. 1 Fig.1. Temperature dependences of heat capacity of [Mn4(hmp)4(pdm)2{N(CN)2}2](ClO4)2·1.75H2O·2Me(CN) under magnetic fields.

Fig. 2 Fig.2. The thermodynamic behavior of field-induced blocking of spin reversal observed in [Mn4(hmp)4(pdm)2{N(CN)2}2](ClO4)2·1.75H2O·2Me(CN) under 0.2 T.

Fig. 3 Fig.3. Magnetic-field dependence of the blocking temperatures of [Mn4(hmp)4(pdm)2{N(CN)2}2](ClO4)2·1.75H2O·2Me(CN).

強磁性体の結晶サイズを小さくし微粒子状にしていくと,単一磁区をもった磁石となり,超常磁性などの磁気現象を示すことはよく知られています. そのような微小サイズの磁石を分子レベルからボトムアップ的につくりあげた金属錯体クラスターは単分子磁石と呼ばれ注目を集めています. クラスター分子内の金属イオンが強い磁気的な相互作用でスピン方向をそろえ,さらに金属イオンのもつ強い軸異方性を反映してクラスター全体でS = 10をこえる大きなスピン量子数をもつ磁気ユニットを形成します. このような単分子磁石を構造ユニットとして連結して,様々な次元性,構造に配列させた物質はネットワーク型磁性体といわれます. この種の磁性体では,大きなクラスタースピン間の長距離秩序が形成される劇的な相転移が生じ,それは熱測定でも大きな熱容量ピークとして検出できることを昨年度報告いたしました(2005年度 研究紹介1). また今年度のレポートで,そのような物質に圧力を加えることによって磁気相関の長距離性が変化することを報告しています(2006年度 研究報告3).

本研究では,代表的なネットワーク型化合物のうち,[Mn4(hmp)4(pdm)2{N(CN)2}2](ClO4)2·1.75H2O·2Me(CN)という物質に注目します. この物質は昨年度報告した長距離秩序を示す物質と同じくMn4の基本クラスターを形成しますが,クラスタースピン間の相互作用J/kBは一桁近く小さくなっています. Fig. 1にこの物質の熱容量測定結果を示します. 磁気的な相互作用による磁気相関の発達は低温まで抑えられ,測定した0.6 Kから8 Kの温度領域にはピークが存在していません. 最低温度でみえるCpT–1の上昇は,より低温で秩序化転移がおこることを意味しています. このような状態で磁場を印加すると,相転移の高温側のすそがわずかな磁場で広がり0.1 T,0.2 Tのカーブで見られるようなCpT–1が大きくあまり温度に依存しない状態になります. この状態は,磁気的な相互作用が比較的強く存在し,秩序形成にむかう揺らぎの強い常磁性状態であると考えることができます. 一方で,温度の低下とともに単分子磁石の特徴である構成クラスター内のスピン反転が抑制され,スピン自身が個々のクラスターレベルで反転を起こせない状況が生じることになります. 0.2 Tの熱容量が1 K付近から急激に低下しています. これは磁気相関をもっている平衡状態からスピン反転が凍結した非平衡状態へのクロスオーバーが起こっているということができます. スピン自由度の凍結する系としてスピングラスがよく知られていますが,スピングラス化という現象は,基本的に複数の相互作用が競合する系やアモルファスのような不均一な系で,スピン配置が磁気相互作用の競合によって生じるフラストレーションによって安定な秩序構造が決まらず凍結してしまうという現象です. 今の系は,このような相互作用のフラストレーションによって生じるものではなく,どちらかというと分子集合体での配向ガラスや誘電体でのダイポールガラスでおこる分子配置の自由度が凍結する現象が,スピン系でおこっていると考えることができます. 構造的に均一な系で,純粋にスピンの自由度の反転凍結がおこるという意味でスピングラスと異なった観点から興味深い現象です. この物質では,Ising軸の方向が2次元面からずれているなど解析が容易ではない問題はありますが,より詳細な磁場方向依存性を実験しております. 磁場を変化させていくと,わずかながら凍結温度が上昇しており,ゼーマン分裂の大きさとどのような関係があるか,今後調べて行きたいと考えています. このような弱い磁場によって,スピン反転の自由度が劇的に変わっていくのは,大きなスピンをもったこのようなクラスター化合物の特徴であると思われます. エントロピーの温度依存性が,僅かな磁場で大きく変化するのはこの種の材料のエントロピーデバイスとしての可能性を示しているように思います. 単分子磁石ネットワーク磁性体は,個々のスピン種の内部自由度と,相互作用による相関の発展という2つの自由度が変化するという意味で,マクロな現象を含め非常に興味深い現象です. 今まで磁性体の中では比較的早いタイムスケールでおこる現象であったスピン反転が熱測定で現象の一端をとらえられるくらい遅いタイムスケールに広がっている点でも基本的な問題を議論できる場になるかと思われます.

(中澤康浩)

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