カロリメトリーは物性および相転移の研究に非常に有効な実験手段であります. しかしその測定対象となる物質は必ずしも大量合成が容易なものばかりとは限りません. 特に磁場などの外場印加条件化で測定する際には結晶軸と外場方向などをそろえた測定が必要となり微小であっても単結晶1個での測定が必要になります. このためこのような物質を研究対象とするためには微小試料を高感度に測定する熱測定技術が必要です.
Photo 1. (Click to enlarge.)
(a) Silicon frame and silicon nitride membrane of TCG-3880.
(b) Expanded picture of the central part of the membrane.
Fig. 1. (Click to enlarge.)
Block diagram of the detection system of the present calorimeter.
Fig. 2. (Click to enlarge.)
Temperature dependence of the Heat capacity of YBCO (YBa2Cu3O7−x) obtained under
0 T, 5 T, and 14 T. A sharp peak under zero field is disappeared
under magnetic fields.
微小試料の熱容量測定では試料の熱容量と同時に測定されるヒーター,温度計,試料ステージを小型化する必要があります. つまりカロリメトリーセル全体のダウンサイジング化が必要で,そのためには半導体デバイスの作成などに使われている微細加工技術によって作られた半導体マイクロチップが有効であります. 今回我々は以前センターの客員でおられたRostock大学のSchick教授らのグループが用いている市販汎用セルTCG-3880(Xensor-Integration社製)を用いて交流熱容量測定をおこない低温領域での物性研究への応用の可能性を調査しました.
Photo 1に示したのはTCG-3880のシリコン製フレーム,窒化シリコン製のチップ部分(a)とその拡大写真(b)です. チップの中心部に大きさ100 μm × 50 μmのヒーターがありその周りにサーモパイルのホットジャンクションが6つ配置してあります. この温度は試料の温度に相当しますフレーム上にサーモパイルのコールドジャンクションがありほぼ熱浴温度に近いと考えます. 薄いチップ上の狭い領域が測定に関係する部分であるため,微小試料の測定に適していることが期待されます. サーモパイルは6つの熱電対を直列にならべたもので低温領域でも数百マイクロボルト程度の高い感度を持ちます. 試料はチップの中心部にApiezon-Nグリースで固定しました. このセルを測定用のプローブの先端に取り付け磁場印加型クライオスタットに入れて温度コントロールおよび磁場の印加をおこないました. 測定温度範囲15 K 〜 270 Kで直流電源のオンオフで発生させた5 Hz以下の比較的低周波の矩形波を用いて交流熱容量測定をしました. 温度振幅はDCアンプで増幅しロックインアンプの1倍周期モードで検波しました. 測定温度は熱浴に取り付けられたカプセル型白金温度計で決定しました. これらのセットアップをブロックダイアグラムにしたのがFig. 1になります. 電子系がおこす非常に小さい相転移を調べるためには小さい信号をノイズを落とした状態で調べる必要があります. また直流電流のオンオフによって生じる温度変調をできるだけ定量的にとらえられるように低い周波数で信号をオシロスコープで確認をしながら測定を行いました.
この装置を用いては高温超伝導体であるYBCO (YBa2Cu3O7−x)を測定しました. この物質は超伝導転移温度がはじめて液体窒素温度を超えた物質で相転移温度は91 Kです. 試料内の熱分布をおさえるために試料の底面をうすく研磨しチップと試料の熱接触を良くしました. 試料サイズ400 μm × 200 μmで重さ34 μgです. Fig. 2は電流値400 μA,周波数 3.33 Hzでの測定結果です. 図を見ますと88 K付近に超伝導転移にともなうピークが見られることが分かります. また5 T, 14 Tの磁場下での測定ではピークがゼロ磁場に比べてつぶれていく様子がわかります. 多結晶のペレット試料なので磁場の方向を厳密に考えることはできませんが超伝導が外部磁場によって抑制される振る舞いを検出したもので今回のような小さな試料でそれを再現できたことになります. このことからこの半導体マイクロチップは微小試料の物性と相転移の研究に有効なツールになりえるといえます.
今回の測定では超伝導転移に伴うピークを検出することができましたが,まだまだ高感度な測定ができていないのが現状です. 今後の課題としてあげられるのは信号検出に工夫をこらしノイズを減らすこと,高い温度分解能を実現すること,チップが熱浴に比べて加熱されることによって生じる測定温度の誤差をなくすことなどです. そのためには小さい電流でノイズをカットした測定が必要となるため今後はDCアンプを用いて信号を増幅しフィルター回路を複数設置して低ノイズの測定を行っていく予定です.
井上祐輔,中澤康浩,第43回熱測定討論会(札幌),1B1100 (2007).
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