高い圧力を加えると物質の体積は減少し,密度(ρ)の大きな状態になります. ミクロな視点では,原子や分子の間の距離が縮まることにより隣接原子どうしの波動関数の重なりが大きくなること意味します. このように量子力学的なレベルでの変化が起こると,物質の電子状態や性質が変化します. つまり,圧力は物質の物理的性質を制御するとても有効な手段となります. 私たちは熱力学的観点から,分子磁性体や伝導体を中心に電子の電荷やスピンが関係した電子状態に関する研究を行っています. これらの物質は低温領域で超伝導や,強磁性転移を起こしたり,波動関数の重なりを抑えるためモット絶縁体になったり,さらにはスピン密度波や電荷密度波といった状態へと,多彩な相変化をします. 近年,低温域でモット絶縁体やスピン密度波状態となる分子性固体の一種に圧力を加えたところ,高い温度で超伝導状態に相変化することがわかり,強い電子相関を持つ分子性物質系の本質的性質解明の一端になるとして注目を集めています. このような相変化を調べることができる物性測定手法の一つが熱容量測定です. しかし,分子固体単結晶は作成が困難であるため数mgオーダー以下であること多く,さらに圧力下での熱容量測定自体も難しいことから,高圧下での研究例は限られているのが現状です. 昨年の本レポート No. 27 (2006年) 研究紹介3で,私たちが試作した「高圧・低温・磁場下で使用可能なacカロリメータ」での分子性固体(単分子磁石)の測定結果を示しました. その後改良を重ね,良好な結果を得られる装置として稼動を始めたので,装置開発について報告します.
Fig. 1. (Click to enlarge.)
Schematic drawing of the (a) Cu-Be pressure cell, (b) inside the
teflon capsule, (c) expanded drawing around the sample.
Fig. 2. (Click to enlarge.)
Block diagram of the ac calorimetry under pressure.
Fig. 3. (Click to enlarge.)
CpT −1 vs T under several magnetic fields of [Mn4 (hmp)6 {N(CN)2}2] (ClO4)2 obtained in the pressure cell.
高圧下での熱容量測定の最大の問題点は,試料の熱容量に比べて圧力媒体などバックグラウンド熱容量が非常に大きくなることです. 私たちが主な測定対象とする分子性固体単結晶は,試料が小さいためこの問題が一層深刻になります. そこで絶対値の決定が難しいという欠点があるものの,試料部のみ加熱できかつ感度の高い測定が可能な交流法を用いることにしました. 試料部を含めたカロリメーター本体はFig. 1のようになっています. Cu-Be製のクランプ型圧力セル内に,圧力媒体であるダフニ7373オイルを充填した試料入りテフロンセルが組み込まれています. 圧力セルは最大2 GPaまで加圧可能ですが,Cu-BeとNi-Cr-Alのハイブリッドセルも用意しており,こちらを使えば4 GPaまで加圧可能です. 100 μg程度の単結晶試料の両側に0.6×0.3×0.2 mm3角のRuOxチップ抵抗を貼り付け,試料保護のため全体をスタイキャストで固めます. 1 kΩのRuOxチップをヒーターとして利用し,100 ΩのRuOxチップを温度計として使用しています. 温度振幅計測を磁気抵抗の小さいRuOxチップによる4端子抵抗測定によって行うため,低温,磁場下でも感度よく計測可能です. Fig. 2に測定系のブロック図を示します. 交流加熱用の方形波電流をDC電流計(Keithley 社製 220)によって流し,試料温度の交流振幅をAC四端子抵抗ブリッジ(ASL 社製 F700)により抵抗のアンバランスとして検出します. この信号をACブリッジからロックイン増幅器(EG&G 社製 5302)に送り検出します. 熱浴温度測定は圧力セルの外側に取り付けたRuOxチップ抵抗温度計を用いて行い,温度はLS340コントローラで制御しています.
常圧下でのこの装置による熱容量測定結果の一例をFig. 3に示します. 高磁場をかけてピークを完全に潰したものをバックグラウンド熱容量として差し引いています. 試料は本レポート No. 26 (2005年) 研究紹介1で緩和法にて測定したMn4クラスターネットワーク物質(1) [Mn4 (hmp)6 {N(CN)2}2] (ClO4)2です. 交流法が成立する測定周波数は20 Hz以上であると実験により決定し,緩和法で得られた測定結果とのピーク形状の比較により最適周波数は20 Hzと決定し測定を行いました. 約4.2 Kで反強磁性転移による熱容量の跳びがきれいに観測されています. TN直上付近での試料の磁気熱容量の割合は,バックグラウンドを含む全体の熱容量に対して20%程度です. 今後は測定温度領域の拡張をはかり,測定対象を広げて行きたいと考えています. なお,圧力下での測定結果については本レポートの研究紹介2を参照して下さい.
窪田 統,中澤康浩,山下智史,宮坂 等,山下正廣,第43回熱測定討論会(札幌),2A1330 (2007).
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