装置の整備 2

分子研希釈冷凍機に組み込む
低温熱測定ユニットの開発

分子性固体では,個々の分子がもつ振動や回転運動の自由度,分子内の電荷の偏りによる分極,開殻構造の場合に分子上に非局在化した分子スピンの自由度,格子振動の自由度などが存在しており,それらが相互作用しながら多様な物性を発現します.室温から温度を下げていくと様々な相転移が現れ,各相の間の相関係を理解することは,熱力学を使った物性研究の醍醐味でもあります.相互作用は大きいものばかりではなく,エネルギーとして1 Kよりも小さくなる非常に弱いものも存在しますが,乱れの少ないきれいな試料では極低温で大きなエントロピーをもつ相転移となることもしばしばあります.また,比較的大きな相互作用のしのぎあいによってできる微妙な差異によって生じる相転移や,量子スピンのフラストレーション系のように多体効果によって生じる新しい自由度が相変化を引き起こす可能性もあります.出来るだけ低い温度領域まで物質を冷やして,熱測定を行うことは,このような新しい現象の開拓のためにも必要不可欠な実験です.さらに,熱測定のもつもう1つの優れた点として励起の検出ということが上げられます.集団効果によって生じた各種の基底状態からどのような,励起が起こるのかを調べるために,低温熱容量測定は非常に有効になります.

Fig. 1 Fig. 1. A schematic view of the dilution refrigerator (Kelvinox system) at Institute for Molecular Science. The cooling power of the refrigerator was confirmed as 300 μW at 100 mK and the minimum temperature attained was 21 mK without sample stage.

Photo. 1 Photo 1. Pictures of (a) the gas handling system and (b) the top flange of the Kelvinox dilution system.

我々はこれまで,分子性結晶中で,電子がもっているスピンや電荷に関わる様々な性質について議論してきました.結晶中での電子の集団的な効果は磁性や超伝導など劇的な性質としてあらわれます.また有機三角格子の低エネルギー励起を調べ,スピンが液体状態となりギャップのない状態を形成していることを確認しました.このような分子性化合物の極低温での測定を本格的に行うために,我々は現在,分子科学研究所の希釈冷凍装置に新しく緩和型カロリーメターを作成しています.この装置を使った低温用装置について紹介します.

冷凍装置は分子科学研究所,機器センターに所属する共同利用機器であるKelvinox300というタイプの中型の希釈冷凍装置です.Fig.1 と Photo 1にその概観を示しますが,装置の断熱槽の(IVC)中に1 Kプレート,Still, Cold Plate, Mixing Chamberがあり,段階的に温度が下がります.細いコンデンサーラインから導入された混合ガスは,1 Kポット内の凝縮器で液体となります.その後Stillを経て, チューブインチューブの構造をもつ熱交換器に入り,その後Mixing Chamberに液体としてたまり,その中で相分離をおこします.Mixing Chamber内での3Heの相境界での移動によって冷却能力が生じます.100 mKでの冷却能力は300 μWであり,最低到達温度は21 mKになります.冷凍機本体は16 Tの超伝導磁石に組み込まれており,磁石の磁場中心に試料ステージがくるようになっています.Mixing Chamberからスリットをいれた銅製のロッドをおろし試料プレートはそこに位置しています.この装置自体は,共同利用装置ですので,いくつかの他測定のユニットと組み替えて用いることになります.我々は,この試料ロッドに低温測定用の緩和型試料ステージと交流磁化率の測定装置ユニットを組み込みました.緩和型の熱測定ステージは,以前,東北大学金属材料研究所の希釈冷凍装置に組み込んだものと同じデザインで作成した純銀製のセルになります.低温領域まで十分に冷却可能であり,しかも比較的高温まで連続的に測定が可能になるように,熱伝導の良い試料ロッドから肉薄のステンレス管を用いて熱の伝わりを遮断し,リード線に用いている銅線と銀箔の熱伝導で低温まで冷やすようにしました.試料センサーには酸化ルテニウムのチップ温度計を用いました.特にKOA社の室温1 kΩ のセンサーは,低温領域での温度特性が良く知られたvariable range hoppingの式に良くあい,50 mK程度まで温度が下がっても100 kΩ程度であり,LR–700(Linearリサーチ社)やLakeShore社の370ブリッジなど低励起電流の交流ブリッジで十分測定可能になります.有機伝導体,超伝導体,有機磁性体などの低エネルギー励起の微細な構造を調べるためには,これらの装置は非常に有効です.この緩和型の熱容量測定と並行して測定が可能な交流磁化率の測定装置も組み込む予定です.小型の真鍮の薄肉ボビンに1次コイルと2次コイルを巻いた構造であり,約3 mmの径の中に試料をつめ交流での磁化率を極低温で測定できるようになります.

(中澤康浩,山下智史,福岡脩平)

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