装置の整備 1

1P-Probing 法用の等温壁型滴定熱量計の整備

水溶液中の分子やイオンの性質を解明するために,これまで様々な研究が行われてきました.その中で,例えば Hofmeister series のように水溶液中のイオンが kosmotropic に働くか,chaotropic に働くかの傾向の違いをまとめたものがいくつか示されてきましたが,未だに確かな知見が得られていません.この問題を解明する1つの方法として,1P–Probing 法が古賀によって開発されました(Y. Koga, Solution Thermodynamics and Its Application to Aqueous Solutions: A Differential Approach, Chapters VII and VIII, Elsevier (2007)).この方法は対象となる分子やイオン(塩)の水溶液への1–プロパノール(1P)の混合により,1P の過剰部分モルエンタルピー HE1P を測定し,その濃度微分量 HE1P–1P の濃度依存性について考察することで,1P をいわば指標にして目的の分子やイオンの性質を調べようというものです.具体的には,まず水溶液に 1P を微量加えたときの HE1P = ∂HE/∂n1P を測定し,得られた測定データ曲線の濃度微分 HE1P–1P= N(∂H1PE/∂n1P) = (1-x1P)(∂HE1P/∂x1P) をフィッティング関数を用いずに様々な分子または塩濃度において求め,その変化から分子やイオンの水和状態について考察します.今回,この 1P–Probing 法を用いることのできる測定装置を独自に組み立てました.

Photo. 1 Photo 1.

Fig. 2 Photo 2.

Fig. 1 Fig. 1. Concentration dependence of HE1P.

Fig. 2 Fig. 2. Concentration dependence of HE1P–1P.

装置は研究室既設の Thermometric 社製等温壁型熱量計 LKB8700 を使用しました.この装置は過去に改良を加えて自動測定化されています(小川敦巳ら,第32回熱測定討論会(つくば),A211(1996)).装置にガラス製 1P 滴定器具を作製して取り付け,テフロンチューブを用いて容積約 100 cm3 の滴定用セルに接続して滴定熱量計としました.Photo 1 が装置全体の写真です.最上部のフラスコに 1P を入れる際に,風船内の窒素ガスでフラスコ内を置換することによって 1P を窒素雰囲気中に保っています.最下部に熱量計本体があり,298.15 K に温度制御されている水浴恒温槽に,セルが中にセットされている容器を沈めています.滴下量は中央左部分にあるビュレットの目盛りを読んで計測します.Photo 2 がセルの写真です.左端にテフロンチューブで接続したガラスシリンジがあり,そこから 1P を滴下します.右端にあるのが温度調節と熱容量測定に使うヒーターで,その左隣りにあるのがサーミスタです.サーミスタの温度較正は,較正済みの白金抵抗温度計の温度とサーミスタの抵抗値の比較により,19 ~ 31 ℃ の温度範囲にて 2 ℃ 刻みで行いました.中央にあるのが撹拌子で,測定中に回転させることによってセル内部の温度分布を均一に保っています.

Fig. 1 に x1P = 0 ~ 0.15 の濃度範囲での HE1P の測定結果を示します.古賀による以前の測定結果(Y. Koga, Solution Thermodynamics and Its Application to Aqueous Solutions: A Differential Approach, Chapters VII and VIII, Elsevier (2007))に比べて幾分小さめの値となっていますが,x1P = 0 での信頼のおけるデータの一つである Wadsö らの値 HE1P= -10.16 kJ mol-1(D. Hallén et al., J. Chem. Thermodyn. 18, 429 (1986))にむしろ近い値を得ることができました.Fig. 2 は x1P = 0 ~ 0.15 の濃度範囲での HE1P–1P の計算結果です.古賀による以前の計算結果(Y. Koga, Solution Thermodynamics and Its Application to Aqueous Solutions: A Differential Approach, Chapters VII and VIII, Elsevier (2007))とほぼ同じ傾向となっています.

現在いろいろな濃度での酢酸ナトリウム水溶液に対して HE1P の測定を行っています.酢酸イオンは疎水性であるメチル基と親水性であるカルボキシル基からなる両親媒性イオンであることから,通常の無機イオンとは異なる水和のメカニズムが期待されます.

(近藤洸生,宮崎裕司,古賀精方)

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