構造熱科学研究センター発足に際して

大阪大学大学院理学研究科長   東島 清

構造熱科学研究センター発足を記念して一言挨拶をさせて頂きます. 基礎科学研究を担う大阪大学理学研究科において,構造熱科学研究センターは熱科学研究を支える重要な位置を占めています. これまでの分子熱力学研究センターの伝統を受け継ぐとともに,新たな展開を目指して3部門を備えて,学内措置のセンターとして発足しました. 国立大学の法人化後は,特に時限を付ける必要はありませんが,敢えて使命を明確にするために10年の時限を付けています.

言うまでもなく熱科学はもっとも普遍的な科学のお手本です. ほんの僅かの公理さえ満たされれば,宇宙から素粒子まであらゆる場面で成り立つ法則です. 私は物理学を専攻していますが,熱力学を担当する教員が安易に統計力学の概念を借用して授業をすることに反対してきました. 特にエントロピーの概念が分かりにくいので,状態の数といった統計力学の概念を援用するのは,熱力学の素晴らしさを貶めることになると考えています. 熱力学はマクロな法則として,ミクロな法則とは独立して成り立ちます. むしろ,基礎の曖昧な統計力学は熱力学と矛盾しないように作られています.

19世紀末に古典物理学が行き詰まった時,古典物理学を乗り越えて量子物理学のプランク輻射式を発見するためには,一旦古典統計力学を捨て去って,熱力学に立ち返ってキルヒホッフの法則に頼る必要がありました. 熱力学は,古典統計力学であれ量子統計力学であれ,ミクロの法則が何であっても成り立つ普遍的な法則だったからこそ,古典物理学と量子物理学を結びつけるブリッジの役割を果たすことができたのでしょう. このように,ミクロ法則の詳細によらないことが,熱科学の強みだと思います.

現代科学では,物理学に限らず化学,生物学に至るまで,ミクロからの見方が中心になってきました. 時代の流れとはいえ,ミクロ一辺倒は正しい科学の方法では無いと思います. 構造熱科学研究センターの目指す熱測定に基づくマクロからのアプローチと,その結果を説明するためのミクロのモデルに基づくアプローチが相補って,正しい科学が作られると信じています. そのためにも,構造熱科学研究センターの更なる活躍を願って,私の挨拶とさせていただきます.

(Kiyoshi Higashijima, Dean of Graduate School of Science)

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