研究紹介 21

α–(BEDT–TTF)2MHg(SCN)4 (M = K, Rb) の
熱容量測定による密度波形成に関する研究

有機伝導体はドナーとアクセプターなどの電子を放出したり取り込んだりする機能性分子が分離積層型の構造をとって配列しています.ドナーからアクセプターへと電子が移動するものや,ドナーと閉殻アニオン,アクセプターとカチオンのような組み合わせで塩をつくったものが電荷移動錯体です.このような塩では電子やホールの移動が起こり,電気伝導を引き起こしますが,その電子やホールの移動が鎖内や面内で強く起こるような物質を低次元有機伝導体といいます.このような物質では電子の密度波の発生など低次元系特有の様々な物性をもちます.分子性の結晶はそのやわらかさのために格子がひずみやすく,格子の変調などによって新たな周期ポテンシャルを形成すると,それが電子系にも強く影響を及ぼします.電子と格子の間の相互作用が強いために生じる分子性低次元導体に特有の性質です.ドナー分子をBEDT–TTF(bis–(ethylenedithio)tetrathiafulvalen)分子とした塩は二次元的な配列をとりやすくなりますが,その二次元面の内部では様々な分子配列をとります.その中の1つでα型という配列をFig. 1に示します.Fig. 1の中央の分子に注目すると,上下の分子とだけでなく隣の分子とも軌道の重なりをもつため,二次元性の強い電子構造をしています.このためフェルミ面は円筒状をしていますが,α型の分子配列ではBEDT–TTFの積層方向に一次元性ももっているためフェルミ面がネスティングしやすい部分があり,低温で電子系に密度波を発生させることが知られています.密度波には電荷密度波とスピン密度波があります.電荷密度波状態とは,格子が静的にひずんで生じた周期ポテンシャルが,電子系に同じ波数で発生させた波の混成波のことをいいます.スピン密度波状態では,上向きスピンの電子密度の波と下向きスピンの電子密度の波が,位相がπずれて重なっています.

Fig. 1 Fig. 1. Molecular structure of BEDT–TTF and structure of the donor sheet in α–(BEDT–TTF)2MHg(SCN)4, viewed along the molecular long axis.

Fig. 2 Fig. 2. CpT −1 vs T2 plot of α–(BEDT–TTF)2KHg(SCN)4. The thermal anomaly shifts to lower temperature with the increase of magnetic field.

Fig. 3 Fig. 3. CpT −1 vs T2 plot of α–(BEDT–TTF)2RbHg(SCN)4. The thermal anomaly shifts to lower temperatures with the increase of magnetic fields.

α–(BEDT–TTF)2MHg(SCN)4 (M = K , Rb) は,それぞれ約8, 12 K以下で密度波状態となることが知られています.また,磁場を印加することにより,その転移温度が次第に下がっていくことがわかっています.磁場を印加すると,それぞれ22, 32 Tで密度波状態が抑制されます.これらの物質の熱容量測定は交流法によって密度波形成に伴う熱異常が観測された例があります.一方,緩和法では主に電子状態密度を調べるために低温域で行われた例はありますが,相転移が起こる温度での測定はほとんど行われていません.そこで,今回私たちはこれらの物質の高温での熱容量を緩和法で測定し,絶対値の評価をしました.

K塩は質量2.849 mgの単結晶を用いて,0, 7 T条件下でそれぞれ測定しました.その熱容量測定結果をCpT −1 vs T2でプロットしたものをFig. 2に示します.8 K付近に非常に小さな熱異常が見られました.この熱異常のピークトップ温度は0 Tから7 Tに磁場を大きくすることで8.1 Kから7.7 Kへと低温側にわずかにシフトしていきました.しかし,転移そのものの性質は大きく変化しません.次にRb塩の測定を行いました.Rb塩は質量2.346 mgの単結晶を用いて,0, 10, 14 T条件下でそれぞれ測定を行いました.その結果をFig. 3に示します.こちらは11 K付近に小さな熱異常が見られました.ピークトップ温度は0 Tから10 T,14 Tと磁場を大きくするにつれて,12.2 Kから11.2 K,10.9 Kとやはり低温側にシフトしていきました.K塩とRb塩の熱異常は両方とも非常に小さいですが,金属状態から密度波状態となるときのフェルミ面の一部がネスティングによって消失し,その分の状態密度が低下するためだと考えられます.通常,金属のフェルミ面での電子の状態密度による熱容量係数は20 – 30 mJ K−2mol−1です.低温まで,ネスティングせずに残ったフェルミ面の電子の状態密度は数mJ K−2mol−1分の電子熱容量係数に相当するので,今回観測された熱異常は小さいものでしたが,極めて妥当な数字だと思われます.緩和法での熱容量の測定は熱異常が小さいため,外場による影響を調べるのは困難でした.今後はより感度のいい交流法で圧力,磁場を印加して外場による転移温度の変化を観測したいと考えています.

(段田麻佑,中澤康浩)

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