研究紹介 20

圧力下熱測定によるκ–(BEDT–TTF)2Cu(NCS)2
の超伝導相に関する研究

有機物の超伝導体は精力的に研究されており現在までに100種類以上もの物質が知られています.中でもBEDT–TTF分子からなる物質は,一連の物質の中で特に転移温度が高いものがあるため,その機構の解明に向けて盛んに研究されています.有機超伝導体の多くはドナー分子とアクセプター分子(対アニオン)からなる電荷移動錯体です.また,対アニオンの大きさを変化させることで化学的な圧力をかけ,転移温度を変化させる手法がよく用いられます.この効果はBEDT–TTF系の超伝導物質でもよく調べられており,特にκ–型と呼ばれる分子配列をもつものでは極めて詳細に研究がなされています.κ–塩では分子間距離が変化するにつれてオンサイトクーロン反発Uと移動積分tからなるパラメタ―U/tが変化し,このU/tによって物性が支配されています.U/tが小さくなるにつれて反強磁性絶縁体,超伝導体,金属と電子状態が変化していきます.対アニオン置換以外にも外部圧力を印加することでU/tの制御が可能です.圧力による電子状態の変化は単一の物質を使ってその基底状態の物性を探ることができるため,強力な研究手法です.また,κ–塩の超伝導相は反強磁性相側から金属相側に変化するにつれて超伝導相の特徴が変化していくことが緩和法の測定で示唆されています.そのため単一の物質を用いて任意のU/tにおける超伝導相の状態を知ることは発現機構を理解するうえで重要となります.そこで私たちは圧力下における有機超伝導体の熱容量測定を行いました.

Fig. 1 Fig. 1. Block diagram of the detection system of the high–pressure ac calorimetry.

Fig. 2 Fig. 2. (Color online) Temperature dependence of the heat capacity of κ–(BEDT–TTF)2Cu(NCS)2 under ambient pressure obtained under 0 T, 2 T, and 7 T. The thermal anomaly under 0 T is suppressed with increasing magnetic field.

Fig. 3 Fig. 3. (Color online) Temperature and external pressure dependence of ΔCpT−1 of κ–(BEDT–TTF)2Cu(NCS)2. ΔCpT−1 is determined by a difference of 0 T and 7 T data. It is to be noted that the size and the shape of ΔCpT−1 become broader under pressures.

測定物質は9.5 Kの超伝導転移温度をもつκ–(BEDT–TTF)2Cu(NCS)2です.熱容量は交流法によって測定しました.検出系,測定条件はより良いS/Nを目指して以前に報告のある検出系から大幅な変更を行いました.新しい検出系はFig. 1のようになりました.主な変更点は,Lock–inアンプをEG&G 5302にしたこと,交流ブリッジの出力方法そして交流ブリッジから出てきた信号の高周波数領域のノイズを減らすために,低ノイズのアンプやLock–inアンプ用の前置アンプを設置したことです.測定条件は高周波数だと試料が交流熱流に追従できない恐れがあるので,4 – 10 Hzと低周波数に変更しました.また温度計との熱接触をよくするために,RuOx温度計のRuOx側が試料に接触するように工夫をしました.

0 kbarでの測定結果はFig. 2のようになりました.印加した磁場の大きさは0 Tから7 Tです.低周波数で測定を行ったため,アデンダの成分が測定結果に反映されピークが見づらくなっていますが,9.5 K(T2 で約 90 K2)の近くを見ると,磁場が大きくなるにつれてピークが抑制されていくことがわかります.この振る舞いは超伝導転移に特徴的なものなので,この測定でκ–(BEDT–TTF)2Cu(NCS)2の超伝導転移を検出することができたと考えています.続いて,Fig. 3に0 kbar,2.5 kbarおよび4 kbarの測定結果を示します.こちらはそれぞれの圧力での測定結果の0 Tのデータから7 Tのデータを減じ,それぞれのTcで規格化したものです.こちらでは0 kbar(高温)から4 kbar(低温)に変化していくにつれて,ピークの形状がブロードに変化していく様子が明確に表れています.面白いことにTcが高いときは大きくシャープなピークを示し,反対にTcが小さくなるとブロードなピークになっていきます.これは圧力を加えるにつれて相対的にtが大きくなり,より金属性がよくなり,バンド電子が安定化するため,かえって超伝導にはあまり良い影響を与えていない可能性があります.

今回の実験では有機超伝導体κ–(BEDT–TTF)2Cu(NCS)2の圧力環境下熱容量測定によって明瞭なピークの検出,ピークの大きさ,形状の変化の検出を行うことができました.また,圧力下熱容量測定において大幅なS/Nの改善を行うことができました.今後はこの測定手法を用いて極低温での転移の検出や異なる分子配列の有機超伝導体の超伝導相の研究,そして更なるS/Nの改善を行っていきたいと考えています.

(村岡佑樹,中澤康浩)

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