緩和型熱容量測定に用いる酸化ルテニウム
チップ型抵抗温度計の磁場中温度較正

熱容量測定は,温度計測精度の高さを使った高分解能なスペクトロスコピー手法として考えることができます. その信頼性は温度計測の正確さと直結しています. 温度と電気抵抗の値を対応させた抵抗温度計は,小型で再現性がよく,高い感度と良い分解能が得られるという特徴があり,緩和型熱容量測定には最も適しています. しかし,抵抗温度計は磁場下においてローレンツ力や磁性不純物等の影響を受けるため,抵抗値が変化するという欠点が存在します. 温度計測を基礎として絶対値を決める熱容量測定では,わずかな抵抗変化でも大きな影響を及ぼす可能性があり,この磁場による影響を補正しなければなりません.

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) Temperature dependence of the magnetoresistance of a RuOx thermometer (KOA co. ltd.) in the dilution temperature region. The RuOx thermometer is calibrated against the standard thermometer mounted on the mixing chamber fixed inside the cancellation coil. The negative magnetoresistance is observable from the figure.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Temperature dependence of magnetoresistance of the RuOx thermometer. The RuOx thermometer is calibrated against the capacitance thermometer. The positive magnetoresistance is observable.

今回我々は2つの手法を用いて磁場中での KOA 社製 1 kΩ の酸化ルテニウム (RuOx) チップ型抵抗温度計の温度較正を行いました. まず,第一の方法は,磁場の影響がほとんどない場所においた温度計を用いて温度を測定し,少し離れた位置まで熱伝導の良い材料で熱的なリンクをつけ温度較正をする方法です. 今回は,外部磁場を打ち消すキャンセレーションコイルを実装した希釈冷凍機の Mixing Chamber 部分に較正済みの温度計を入れ,較正を行う RuOx チップ温度計まで良い熱伝導パスをつくり熱的なリンクを良くしました. この手法は低い磁場では問題ありませんが,8 T 程度より高磁場になると銅系の材料の核磁気熱容量が増大し,低温領域での温度較正に非常に長い時間がかかります. このため,温度が下がるとどんどん熱容量が大きくなり,50 mK 程度では完全な熱平衡状態にならず,正確な温度が較正できなくなるという問題が生じます. Fig. 1 に温度較正の結果得られた RuOx チップの磁気抵抗を示します. Fig. 1 に示すように高い磁場になるほど大きな負の磁気抵抗があらわれることがわかり,これは同じ会社(KOA 社)の素子では再現します. また,この温度較正結果を用いてホルダー熱容量測定をしてみると,以前から何度か作成している同種のステージと同等の特性をもつスムーズな温度依存性を確認することができました.

一方,第二の方法としてキャパシタンス温度計を用いました. キャパシタンス温度計自体は,冷却のたびに絶対値が変化し,温度計の大きさも比較的大きなものであるため,直接の温度測定には不向きです. また,測定するキャパシタンスの値も時間的に揺らぐという問題があり,扱いが難しい温度計といえます. しかし,キャパシタンスの値は磁場変化に対して一定値をとるという性質をもっており,高温での感度も比較的良いため,ヘリウム温度より高温での磁場中での温度較正は十分可能といえます. 今回はこうした特性を踏まえ,キャパシタンスの値が比較的安定した状態において,温度をコントロールしながら,非常にゆっくり磁場を変化させることによって高い温度領域での正確な温度較正を行いました. この結果,Fig. 2 に示すような磁気抵抗が得られました. 先ほどの低温の結果とは異なり,ローレンツ力による正の磁気抵抗をとらえました. 温度較正を行った温度域において,5 T 以下のような低磁場では 0.1% 以下の磁気抵抗しか示しませんが,10 T より高い磁場になると磁気抵抗は大きく上昇し,高磁場領域においては 0.1 K 以上に相当する抵抗のズレを生むことになります. この結果は,磁気抵抗の影響が少ないと考えられている比較的高い温度領域においても,高磁場領域の熱容量測定を行う上では磁気抵抗を正確に補正する必要があることを示しています.

以上示したように,RuOx チップは希釈冷凍機温度とヘリウム温度で磁場中特性が異なり,精密な議論を行う際には正確な磁場中温度較正が必要不可欠です. 温度領域によって少しやり方は異なりますが,1つのチップをいくつかの方法で確認しながら較正を行うことが必要です. これらの温度較正が成功すれば,これまでより精密な電子物性の議論が可能となり,熱容量測定の意義がさらに重要なものになると考えています.

(山下 智史,中澤 康浩)

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