Schick 型チップカロリメータを用いた
低温物性研究
— 交流法の成立条件の吟味

Photo 1 Photo 1. (Click to enlarge.) (a) Microchip TCG-3880. (b) A measurement probe designed for ac calorimetry using TCG-3880. (c) A cryostat system with 15 T superconducting magnet.

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) Block diagram of the detection system of the present calorimeter.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Frequency dependence of temperature amplitudes obtained at 13, 60, 115, 160, 200, and 240 K.

近年,物性および相転移の研究において大量合成が困難な物質に対する低温領域での熱容量測定の必要性が生じています. 例えば物性研究において磁場などの外場条件下で結晶の方向をそろえた測定が有効であり,単結晶一個での測定が必要になってきます. このような要請から単結晶あるいは薄膜,粉末などの微小試料の熱容量を高感度に測定する技術の開発が必要とされています.

微小試料の熱容量測定では測定に使用されるヒーター,温度計,試料ステージを小型化する必要があり,半導体デバイスの作成などに使われている微細加工技術によって作られた半導体マイクロチップが有効です. 昨年の本レポート(2007年 (No. 28))装置の整備3で,以前センターの客員教授としておられた Rostock 大学の Schick 教授らのグループが用いている市販汎用セル TCG-3880(Xensor-Integration 社製,Photo 1 (a))を用いた高温超伝導体 YBCO (YBa2Cu3O7−x) の測定結果を紹介しました. 本研究では同セルを用いて交流法の成立条件を調査しましたので報告します. TCG-3880 は中心部に微細加工された厚さ 1 μm の SiN 製のメンブレンをもち,そのメンブレンの中心部に大きさ 100 μm × 50 μm のヒーターがあります. またそのまわりにサーモパイルがあり,それを使って熱浴と試料の温度差を調べることができます. 薄いチップ上の狭い領域が測定に関係する部分であるため,微小試料の測定に適していることが期待されます.

試料はヒーター上に Apiezon-N グリースで固定します. セルをプローブの先端に取り付け配線を行い,磁場印加型クライオスタットに挿入し,磁場の印加や温度制御を行います(Photo 1 (b), (c)). これらのセットアップをブロックダイアグラムにしたのが Fig. 1 になります. 交流法による熱容量測定において,試料内の温度の均一性および温度振幅の正確な見積もりの観点から周波数の選択は非常に重要です. 特に本実験のように試料をメンブレンによく接触させ,交換ガスなどのない真空中で実験する場合の適切な周波数条件は,文献でも十分にわかっていないようです. 我々はこの点についても検討を加えてみました. 一般に温度の振幅はヒーターによるジュール熱や熱容量に依存しますが,サンプル内の熱伝導率,サンプルから熱浴への熱伝導率にも依存します. これらの熱伝導率を厳密に求めることは困難であり,熱容量の決定の際には熱伝導率の影響を受けない周波数領域で測定することが必要となってきます. 周波数と振幅の積が一定である領域がその周波数領域であり,その領域において熱容量は Cp = P/ωTCp : 熱容量, P : ジュール熱, ω : 周波数, T : 温度振幅)と簡単な式で表わされ,交流法が成立しているといえます. 本装置においてはグリース,サンプルの熱伝導率やメンブレンの熱伝導率が関係していると考えられるため,試料をチップ上に固定し一定温度で周波数を変えながら振幅の大きさを調べました. Fig. 2 はスピンパイエルス物質である (DMe-DCNQI)2Ag (400 μm × 160 μm × 80 μm) の周波数依存性(0.5 – 30 Hz)をさまざまな温度で測定したものです. いずれの温度でも周波数と振幅の積が一定な領域は狭いですが,4 Hz 付近だと考えられます. 交換ガスを入れて測定した場合と比べかなり低周波によっていることがわかります. 測定試料の種類,大きさ,測定温度によって若干の積が一定な領域の位置と幅の違いは考えられますが,概ね低周波領域で交流法が成立しているといえます.

今後本装置を用いて,さまざまな物性を示す物質を測定し,従来の装置では困難な微小試料に対しても熱力学的な研究が可能なシステムの構築を目指したいと考えています.

(井上 祐輔,中澤 康浩)

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