近年熱測定のための装置開発は多様な広がりを見せており,いくつかの市販装置も開発されています. また一方で新規物質の開発も目覚しいものがあり,従来ではできなかった非平衡環境や極限環境での物質合成がなされています. 分子性化合物でも電荷移動塩や酸化・還元状態をコントロールした複合化合物,さらには生体関連物質など,複雑で不安定な化合物の研究が広く行われています. このような物質は大量に合成できるものは多くなく,それらを高精度に測定できる装置が必要とされています. こうした目的の一環として私たちも微少量の試料で高精度の測定のできる装置の開発を進めています.
従来の熱測定手法の代表的なものとして緩和法や断熱法などが挙げられますが,それぞれには長所・短所があります. 断熱法は熱容量を求める上で最も原理的に基礎的な測定法であり,ほかの手法に比べ精度の高い測定を行うことができます. また,試料セルに封入できるものであれば,サンプルの形状によらず測定対象とすることができることも大きな利点です. ですが,試料量が大量に必要であり,また,極低温では断熱条件の達成が難しく測定が困難になるなどの欠点もあります. 一方,緩和法では試料は少量でよく,極低温での測定に向いた手法ですが,反面,一次転移の検出が不可能であり,また,試料の形状は固体に限られるなど,様々な制限を抱えています.
Fig. 1. (Click to enlarge.) Schematic drawing of the (a) whole probe, (b) expanded drawing around the sample, and (c) photo of the probe.
Fig. 2. (Click to enlarge.) Temperature dependence of resistance of Pt thin chip thermometer. The inset is a photo of the thermometer.
これらの経過を踏まえ,試料の形状に拠らず,少量の試料でも測定の行うことのできる熱測定装置を開発できれば,更なる熱測定の範囲が広がるのではないかと考え,今回私たちは,できる限り高温領域まで測定が可能になるような緩和法の装置を作りたいと考え,装置開発を行いました. 低温領域での測定は本レポートでも広く紹介されていますが,本研究では白金の薄膜小型センサーを用いて試料ステージをできる限り小型化し, 10 K から 300 K 程度までの緩和法による測定ができるように設計しました. まず装置の概要を Fig. 1 (a) に示します. 全体的な構造としては断熱型に見られる多重シールド構造を有しており,上部からステンレス製のパイプを支柱として吊り下げていく形状にしました. また,超伝導磁石にも挿入することを前提に φ 30 mm の VTI (Variable Temperature Insert) で使用可能となるようにしましたので,外側の断熱カンでも直径は 27 mm と小型なものになりました. さらに,その最も内側には試料セルを装着するための試料セルステージがねじ込み式で取り付けられており,このステージの拡大図は Fig. 1 (b) のようになります. ステージの構造は緩和型熱量計に近く,直径 13 μm のコンスタンタン線8本で中央の試料セル用の温度計を支えています. この温度計には 1 kΩ のストレインゲージが取り付けてあり,これを用いてサンプル部を適宜加熱することができます. また,この試料セル用の温度計には白金薄膜チップ型の抵抗温度計(ET-100,帝人エンジニアリング社製)を採用しました. この温度計の大きさは 1.0 mm × 1.5 mm × 0.2 mm で,感度については較正済みの他の温度計で較正した結果,次の Fig. 2 に示す温度変化を示しました. 素子依存性も最低限度で ±10% 程度となっています. カプセル型 100 Ω 白金抵抗と比較すると,低温での残留抵抗がある程度大きく,低温での感度が落ちますが繰り返しの実験では再現性は十分です. また,試料ステージには単結晶試料を貼り付けるか,示差走査熱量測定用のサンプルパンを用います. これは,70 K 程度での緩和時間は 約10 – 50 s であり,ヒーター加熱した定常状態を作り,κ を決め,熱浴へ向かって緩和させる方法で熱容量を決めることができます.
また,現在のところは緩和型の熱量計としていますが,将来的には連続加熱断熱法で測定ができるような装置へと改良を進めていきたいと考えています. この装置のサイズであれば 数 mg 程度のサンプル量での測定が行える予定です.
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