単分子磁石を三次元的に連結した
ネットワーク化合物の熱容量測定

金属錯体化合物は,分子の形状や,軌道の広がりに応じた平面状や鎖状などの低次元的な構造を取りやすいことが知られています. 錯体の中心にある金属イオンが開殻構造をとる場合,それぞれの錯体上に存在するスピンが磁気双極子相互作用や,配位結合を介した交換相互作用,超交換相互作用などによって,互いに影響しあい,様々なかたちの低次元スピンシステムが構築されます. このような集積型金属錯体における多様な磁気相互作用ネットワークは,熱力学の興味深い対象となっています. 熱力学的な測定は,このような金属錯体のスピンネットワークの相互作用の次元がどのようになっているかという問題に関して,スピンエントロピーの温度依存性や相転移点におけるピークの形状を通して明確な情報を与えてくれます. 私たちは,これまでに Mn 原子の多核金属錯体クラスターを1つの単分子磁石ユニットとする集積型化合物で, S = 9 の大きな高スピンをもつ単分子磁石ユニットが長距離秩序を形成することを報告しました(本レポート 2005 (No. 26) 研究紹介1). [Mn4(hmp)6{N(CN)2}2] (ClO4)2 と [Mn4(hmp)4Br2(OMe)2{N(CN)2}2] 2THF · 0.5H2O という2つの物質では,それぞれ 4.35 K, 2.03 K に熱容量のピークが現れ 15 μB にもなる大きな磁気モーメントが反強磁性に秩序化します. 巨大スピンの相転移という意味で面白いですが,これらの系は,軸異方性の大きい Ising タイプのスピンが二次元のシート状にネットワークを作っているという点でも興味がもたれます. 異方性の高いスピンの場合,二次元的な系でも秩序が形成されることが知られており,長距離秩序の次元性に関して興味がもたれます.

このような問題を詳しく調べるため,本研究では上記の2つの物質と全く同様の Mn4 クラスター単分子磁石を構成要素にもち,さらにクラスター間を Mn2+ で架橋したかたちで構築された三次元的なシステムである [Mn5(hmp)4(OH)2{N(CN)2}6] 2MeCN · 2THF の熱容量測定を行いました. 測定に用いたのは 102.6 μg の板状の単結晶 1 piece であり,これを試料ステージにはりつけて緩和法による測定を行いました. この物質は,Miyasaka, Clérac らによって報告されている結晶構造解析の結果によると, Mn4 からなるクラスターユニットがもう1つの Mn 原子を通して磁気的に連結され,三次元的なネットワーク構造を作っています.

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) Temperature dependence of heat capacity of
[Mn5(hmp)4(OH)2{N(CN)2}6] 2MeCN · 2THF (Mn5-(hmp)4),
together with the typical 2D system of
[Mn4(hmp)4Br2(OMe)2{N(CN)2}2] 2THF · 0.5H2O (Mn4-(hmp)4) and
[Mn4(hmp)6{N(CN)2}2] (ClO4)2 (Mn4-(hmp)6).
The peak shapes of three compounds are different each other.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) The heat capacity of [Mn5(hmp)4(OH)2{N(CN)2}6] 2MeCN · 2THF under magnetic fields.

測定結果を, Cp T−1 vs T のかたちでプロットしたものを Fig. 1 に示します. 同時に,先に報告した [Mn4(hmp)6{N(CN)2}2] (ClO4)2 と [Mn4(hmp)4Br2(OMe)2{N(CN)2}2] 2THF · 0.5H2O の熱容量もプロットし,比較しています. [Mn5(hmp)4(OH)2{N(CN)2}6] 2MeCN · 2THF は 約1.96 K にシャープなピークを示し,ここから長距離秩序の形成が確認できます. ピークの形状はいわゆるλ型といわれるタイプで,多くの金属間化合物や金属錯体の磁気転移で典型的に現れる秩序化のピークであるということが出来ます. 一方, [Mn4(hmp)6{N(CN)2}2] (ClO4)2 と [Mn4(hmp)4Br2(OMe)2{N(CN)2}2] 2THF · 0.5H2O の熱容量のピークはピーク温度を頂点にして比較的対称的なかたちをしていることが分かります. 後者はピークそのものがブロードになっておりますが, [Mn5(hmp)4(OH)2{N(CN)2}6] 2MeCN · 2THF と同様にシャープなピークを示す [Mn4(hmp)6{N(CN)2}2] (ClO4)2 では高温側にも大きく裾をもっていています. 温度が低くなりますが,本レポートの研究紹介3で紹介している [Mn4(hmp)4(pdm)2{N(CN)2}2] (ClO4)2· 1.75H2O · 2Me(CN) という物質でも相転移温度は 380 mK に相転移のピークが見つかりましたが,ピークの形状は対称的なかたちになっています. Ising モデルの理論計算によると,二次元と三次元系では,ピークの対称性とエントロピーの温度依存性に大きな相違があります. [Mn5(hmp)4(OH)2{N(CN)2}6] 2MeCN · 2THF の相転移が典型的な三次元的秩序だとすると,シート状の一連の化合物の磁気的なオーダーは二次元的な要素の強いものである可能性があります. XY モデルや Heisenberg モデルで記述される自由度の高いスピンのシステムでは,二次元での長距離秩序は起こらないことが知られていますが,唯一 Ising スピン系では相転移を起こすことが知られています. 実際の物質ではもちろんシート間の相互作用もあり,二次元性と三次元性を明確に区別することは困難かもしれませんが,強い異方性をもつ単分子磁石の相転移現象が,純粋二次元系でも起こるとしたら興味深い現象です.

Fig. 2 に示したように, [Mn5(hmp)4(OH)2{N(CN)2}6] 2MeCN · 2THF に磁場を印加していくと,シャープな相転移ピークが簡単に抑制されてくる様子を見ることができます. これも,Mn4 ユニットのもつ単分子磁石としての性質によるもで,磁場の Ising 軸に平行成分が大きな Zeeman 分裂効果を引き起こし,基底状態の縮退を解くことになります. 協同現象的なピークから次第にショットキー的な熱容量ピークに変化していくことになります. 多核金属錯体クラスターは異方性のある外場に敏感なミクロな磁気ユニットとして,面白い磁性体の構成要素となるかと考えています.

(中澤 康浩,山下 智史)

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