分子磁性体 DOT• +· GaIII Cl4
熱容量と磁気相転移

無機物質ではなく,有機物質が主役を担う「分子磁性体」は,基礎・応用の両面において盛んに研究されている分野です. 最近では,共に磁性を担う有機物質と無機物質とが組み合わさってできた,いわゆる「有機−無機コンポジット分子磁性体」が合成され,多様な磁性を示すことが明らかにされてきています.

Fig. 1 Fig. 1. Molecular structure of DOT• +.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Heat capacities of DOT• +· GaCl4 under magnetic fields. Solid curve indicates the lattice heat capacity. For the sake of clarity, the heat capacities except for the zero-field heat capacity are shifted upwards.

Fig. 3 Fig. 3. (Click to enlarge.) Magnetic heat capacities of DOT• +· GaCl4 under magnetic fields. For the sake of clarity, the magnetic heat capacities except for the zero-field magnetic heat capacity are shifted upwards. Solid curve indicates the theoretical heat capacity for high-temperature expansion of S = 1/2 one-dimensional antiferromagnetic Heisenberg model with J/kB = −4.1 K.

昨年の本レポート(2007年 (No. 28))の研究紹介7で,有機−無機コンポジット分子磁性体 DOT• +· FeIII Cl4 (DOT = 2,2′:6′,2″-dioxytriphenylamine, Fig. 1) の熱容量の測定結果について報告しましたが,この磁性体の磁性機構をさらに明らかにする目的で,今回は Fe(III) を非磁性の Ga(III) に置換した DOT• +· GaIII Cl4 の熱容量測定を行いました. 粉末試料の磁化率測定から, J/kB = −3.1 K の鎖内磁気相互作用をもつ S = 1/2 一次元反強磁性ハイゼンベルグスピン系であることがわかっています(M. Kuratsu et al., Inorg. Chem. 46, 10153 (2007)).

熱容量測定には,Quantum Design 社製の緩和型熱量計 PPMS 6000 を使用しました. 測定温度範囲は 0.35 〜 20 K です. また,9 T までの磁場中での熱容量測定も行いました.

Fig. 2 に磁場中での熱容量の測定結果を示します. 2.97 K に磁気測定では見出されなかった磁気相転移による熱容量ピークが観測されました. 磁気相転移温度の磁場依存性は,この磁気相転移が反強磁性相転移であることを示唆しています.

磁気相転移の影響のないと思われる 8 〜 15 K の零磁場での熱容量データから格子熱容量を決め(Fig. 2 中の実線),全体の熱容量から差し引くことにより,磁気熱容量を計算しました(Fig. 3). 磁気相転移温度より高温側に低次元磁性体特有の熱容量の裾が見られます. 零磁場での磁気熱容量から磁気エントロピーを求めたところ,5.80 J K−1 mol−1 となりました. この値は DOT• + イオンのもつ S = 1/2 のスピンの秩序化による磁気エントロピーの期待値 Rln2 (= 5.76 J K−1 mol−1) に非常に近いので,この磁気相転移が確かに DOT• + イオンのスピンの秩序化によるものであることがわかります.

磁気相転移温度より高温の零磁場での磁気熱容量のデータを S = 1/2 ハイゼンベルグスピン系の高温展開式を用いて解析したところ,磁気測定から見積もられた値に近い J/kB = −4.1 K の鎖内磁気相互作用をもつ一次元反強磁性ハイゼンベルグスピンモデルで最もうまく再現できました(Fig. 3 中の実線). この鎖内磁気相互作用の値と磁気相転移温度から,分子場近似を用いて鎖間磁気相互作用を見積もったところ, |zJ′/kB| ≈ 8.7 K という値が得られました.

図には示しませんが,今回の DOT• +· GaCl4 の格子熱容量と DOT• +· FeCl4 の格子熱容量を比べたところ, DOT• +· FeCl4 の格子熱容量がかなり大きいことがわかりました. 両者の結晶構造がほぼ同じなので,格子熱容量も同程度の大きさになるはずです. DOT• +· FeCl4 の格子熱容量を再計算する必要がありそうです. なお,この研究は大阪市立大学の岡田惠次教授のグループとの共同研究です.

(藍 孝征,宮崎 裕司)

発 表

藍 孝征,宮崎 裕司,倉津 将人,鈴木 修一,小嵜 正敏,岡田 惠次,稲葉 章,第44回熱測定討論会(つくば),P15 (2008).

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