分子磁性体 NNTOT• +· MIII Cl4 (M = Fe, Ga) の
熱容量と磁気相転移

有機磁石と言われている「分子磁性体」の中で,有機化合物の優れた分子性・設計性と無機化合物の元素の多様性の両方を兼ね備えた「有機−無機コンポジット分子磁性体」は,従来の分子磁性体では見られないような特異な空間・磁気・電子構造を生み出す可能性を秘めているため,近年盛んに合成・研究されています. 私たちは昨年より大阪市立大学の岡田惠次教授のグループと共同で,この有機−無機コンポジット分子磁性体の磁気的性質について研究を行っています.

Fig. 1 Fig. 1. Molecular structure of NNTOT• +.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Magnetic heat capacities of NNTOT• +· FeCl4 (top) and NNTOT• +· GaCl4 (bottom) under magnetic fields. For the sake of clarity, the magnetic heat capacities except for the zero-field magnetic heat capacities are shifted upwards. Solid curves indicate the theoretical heat capacity for high-temperature expansion of S = 5/2 one-dimensional antiferromagnetic Heisenberg model with J/kB = −0.18 K (green), that of S = 1 one-dimensional antiferromagnetic Heisenberg model with J/kB = −1.9 K (red), and their summation (blue) for NNTOT• +· FeCl4 (top), and that of S = 1 one-dimensional antiferromagnetic Heisenberg model with J/kB = −1.9 K (red) for NNTOT• +· GaCl4 (bottom), respectively.

今回紹介します有機−無機コンポジット分子磁性体 NNTOT• +· MIII Cl4 (M = Fe, Ga) は,有機ラジカル陽イオン NNTOT• + (NNTOT = 4-(nitronyl nitroxide)-2,2′:6′,2″:6″,6-trioxytriphenylamine, Fig. 1) と無機陰イオン MIII Cl4 からなる塩です. NNTOT• + イオンは2つの不対電子をもっており,それらの電子間には非常に強い強磁性相互作用が働いているので,低温では S = 1 のスピン系と見なすことができます. 一方, FeIII Cl4 イオンは S = 5/2 のスピン, GaIII Cl4 イオンは非磁性なので S = 0 のスピンをもっています. 磁気測定の結果から, NNTOT• +· FeIII Cl4 はフェリ磁性体, NNTOT• +· GaIII Cl4 はカント反強磁性体(弱強磁性体)であることが示唆されています. これらの磁性体の熱容量測定を行い,磁気的性質について詳しく調べました.

熱容量測定には,Quantum Design 社製の緩和型熱量計 PPMS 6000 を用いました. 測定は 0.35 〜 20 K の温度範囲で行い,9 T までの磁場中での測定も行いました.

Fig. 2 に磁場中での熱容量の測定結果から計算した磁気熱容量を示します. 驚いたことに, NNTOT• +· FeCl4 では 0.78 K と 2.86 K の2箇所に磁気相転移と思われる熱容量ピークが観測されました. 高温側のピーク温度は磁気測定で見出された磁気相転移温度と良い一致を示しています. 一方, NNTOT• +· GaCl4 では磁気測定とほぼ同じ 2.65 K に磁気相転移による熱容量ピークが1つだけ観測されました. また,両磁性体とも,磁気相転移温度より高温側に低次元磁性体特有の熱容量の裾が見られます. 全ての磁気相転移温度が磁場の増加と共に低温側へシフトしていることから,基本的に全て反強磁性相転移であると言えます. したがって, NNTOT• +· FeCl4 も磁気相転移温度以下でカント反強磁性(弱強磁性)になっていると結論されます.

零磁場での磁気熱容量から磁気エントロピーを求めたところ,
NNTOT• +· FeCl4 では 23.8 J K−1 mol−1
NNTOT• +· GaCl4 では 9.28 J K−1 mol−1 となりました.
NNTOT• +· FeCl4 の値は NNTOT• + イオンの S = 1 のスピンと FeCl4 イオンの S = 5/2 のスピンの秩序化による期待値 Rln(3×6) (= 24.0 J K−1 mol−1) と,
NNTOT• +· GaCl4 の値は NNTOT• + イオンの S = 1 のスピンの秩序化による期待値 Rln3 (= 9.13 J K−1 mol−1) と良く一致しています. 磁気エントロピーの温度依存性から, NNTOT• +· FeCl4 で観測された2つの磁気相転移が,低温側のが FeCl4 イオンの,高温側のが NNTOT• + イオンのスピンの秩序化に対応していることがわかりました.

両磁性体について,磁気相転移温度より高温の零磁場での磁気熱容量のデータをハイゼンベルグスピン系の高温展開式を用いて解析したところ,
NNTOT• +· FeCl4 では J/kB = −0.18 K の鎖内磁気相互作用をもつ S = 5/2 の一次元反強磁性ハイゼンベルグスピン系と J/kB = −1.9 K の鎖内磁気相互作用をもつ S = 1 の一次元反強磁性ハイゼンベルグスピン系の足し合わせで,
NNTOT• +· GaCl4 では J/kB = −1.9 K の鎖内磁気相互作用をもつ S = 1 の一次元反強磁性ハイゼンベルグスピン系で最もうまく再現できました(Fig. 2 中の実線).

このように, NNTOT• +· FeCl4 ではラジカル陽イオンと無機陰イオンのもつスピンの秩序化が独立に起こるという,非常に興味深い現象が見出されました. 今後, NNTOT• +· MIII Br4 (M = Fe, Ga) についても熱容量測定を行い,この興味深い磁性機構についてさらに詳しく調べていきたいと思います.

(藍 孝征,宮崎 裕司)

発 表

藍 孝征,宮崎 裕司,倉津 将人,鈴木 修一,小嵜 正敏,岡田 惠次,稲葉 章,第44回熱測定討論会(つくば),1C1040 (2008).

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