集積型金属錯体 CuII2.97{CuII4[WV(CN)8]2.06[WIV(CN)8]1.94} · 4H2O の熱容量と磁気相転移

一般に,金属錯体は無機化合物の元素の多様性と有機化合物の優れた分子性・設計性の両方を兼ね備えていますが,その金属錯体をさらに高次に集積させることによって,通常の金属錯体では発現しないような特異な機能性を生み出すことができます. このような「集積型金属錯体」のうち, [M1(L)]k[M2(CN)l]m·nH2O (M1, M2: 遷移金属イオン, L: 有機配位子) の型の集積型金属錯体は,多様なネットワーク構造や磁気的性質を有する可能性が高いため,近年盛んに合成・研究されています.

Fig. 1 Fig. 1. Three-dimensional network structure of CuII2+x{CuII4[WV(CN)8]4−2x[WIV(CN)8]2x} ·yH2O.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Heat capacity of CuII2.97{CuII4[WV(CN)8]2.06[WIV(CN)8]1.94} · 4H2O by adiabatic calorimetry.

Fig. 3 Fig. 3. (Click to enlarge.) Heat capacities of CuII2.97{CuII4[WV(CN)8]2.06[WIV(CN)8]1.94} · 4H2O under magnetic fields by relaxation method.

以前,私たちは二次元ネットワーク構造を有する集積型金属錯体 (tetrenH5)0.8CuII4[WV(CN)8]4· 7.2H2O (tetren = tetraethylenepentamine) の熱容量測定を行い,その磁気的性質について詳細に調べました(本レポート 2005年 (No. 26) 研究紹介4 参照). 今回は,標題の集積型金属錯体 CuII2.97{CuII4[WV(CN)8]2.06[WIV(CN)8]1.94} · 4H2O について紹介します. 一般に,この種の集積型金属錯体は CuII2+x{CuII4[WV(CN)8]4−2x[WIV(CN)8]2x} ·yH2O の化学構造をもち,Fig. 1 に示すような WV(WIV)–CN–CuII による三次元ネットワーク構造を形成しています. また,合成条件の違いにより,非磁性 WIV イオンの濃度を制御できることが知られています. 磁気測定結果から,標題の錯体は 40 K 付近で強磁性相転移を示し,それより高温ではキュリー・ワイス則(キュリー・ワイス定数 θ = 50 ± 2 K)に従う温度依存性,それより低温では強磁性体に典型的な磁化のヒステリシスが見出されています. 今回,この錯体の熱容量測定を行い,磁気的性質について詳細に調べました.

熱容量測定は,研究室既設の微少試料用断熱型熱量計および緩和型熱量計(Quantum Design 社製 PPMS 6000)を用いて行いました. 測定試料量はそれぞれ 0.24775 g, 2.8439 mg です. 緩和型熱量計では 9 T までの磁場中での測定も行いました.

Fig. 2 に断熱型熱量計による熱容量測定結果を示します. 39.1 K に磁気相転移に基づく熱容量ピークが観測されました. 磁気相転移以外の熱異常は見出されませんでした. Fig. 3 は緩和型熱量計による熱容量の測定結果です. 断熱型熱量計による場合とほぼ同じ 38.7 K に磁気相転移による熱容量ピークが見られました. 磁場が増加するにつれて,その熱容量ピーク温度が高温側へシフトし,ブロードになっていく様子がわかります. これは強磁性相転移に典型的な振る舞いです. したがって,今回の熱容量測定からも,観測された磁気相転移が強磁性相転移であることが確認できました.

全体の熱容量から格子熱容量の寄与を差し引いて得られた磁気熱容量を用いて,磁気エントロピーを求めたところ, 53.7 J K−1 mol−1 となりました. この値は CuII イオン (S = 1/2) と WV イオン (S = 1/2) の秩序化による磁気エントロピーの予想値 9.03Rln2 = 52.0 J K−1 mol−1 とほぼ一致してしています. また,全体の磁気エントロピーに対する磁気相転移温度までの磁気エントロピーの比が 69.4% となりました. この結果は,この錯体が三次元面心立方格子ハイゼンベルグスピン系と見なせることを示しています.

磁気相転移温度から平均場近似を用いて磁気相互作用を見積もったところ, J/kB = 6.4 K となりました. また,磁気熱容量の高温側のデータと高温展開式を比較することによっても磁気相互作用を見積もることができます. この場合 J/kB = 12 K という値が得られました. 両者の値の一致はさほど良くありませんが,この錯体のスピン間にはおよそ 10 K 程度の磁気相互作用が働いていると言えそうです. なお,今回の研究はポーランド・クラクフ核物理研究所の Wasiutyński 教授のグループと共同で進められています.

(宮崎 裕司)

発 表

M. Czapla, A. Budziak, R. Podgajny, M. Bałanda, P. Zieliński, Y. Miyazaki, B. Sieklucka, A. Inaba, and T. Wasiutyński, The 11th International Conference on Molecule-based Magnets (Florence, Italy) P1.74 (2008).
宮崎 裕司,M. Czapla,A. Budziak,R. Podgajny,M. Bałanda,P. Zieliński,B. Sieklucka,T. Wasiutyński,稲葉 章,第44回熱測定討論会(つくば),1C1020 (2008).

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