電流印加条件下での熱容量測定開発と
強相関電荷秩序系化合物の熱物性研究

有機ドナー分子 BEDT-TTF とカウンターアニオン X から成る電荷移動錯体 θ-(BEDT-TTF)2 X は,絶縁体から超伝導に至る多様な電子物性を示すことから近年注目を集めています. この θ 系に属する θ-(BEDT-TTF)2 CsZn(SCN)4 (以下 Cs 塩)は,強い電子相関のために低温で電荷密度が不均一な状態をとります. この塩の電荷の密度分布は極低温になっても完全には秩序化せず,動的にゆらいでいる「電荷ゆらぎ」の状態にあると考えられます. そのため,本物質は電子系と格子系が複雑に相互作用する興味深い物質となっています. これらの相互作用の影響は熱容量にも現れることが期待され,実際 Cs 塩は極低温でボソンピークに似た異常格子熱容量を示します. この熱容量は電荷ゆらぎと格子の相互作用により生じた低エネルギーフォノンに由来すると考えられますが,その詳細については未だ不明瞭です. また,Cs 塩における電荷ゆらぎは電流印加により抑制されることが知られており,電荷ゆらぎがフォノン状態密度に与える影響を調べる上で,電流印加条件下での熱容量測定が有効であると期待されます. しかしながら,ある程度電気を流す半導体の電流印加条件下での熱的な測定は,電流や電圧印加に伴うサンプル自身のジュール発熱の問題から報告されておらず,測定法の開発が必要とされています.

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) Typical temperature profile against time in the thermal relaxation measurement. T0 is the temperature of the heat sink, T1 and T2 are the temperatures of sample stage in two steady state.

我々は上記の問題についての情報を得るべく,電流印加条件下での熱容量測定法の開発を試み,その経過を昨年の本レポート(2007年 (No. 28))研究紹介11 にて報告しました. Fig. 1 にその内容をまとめております. しかしこの段階では,サンプルステージ内の温度勾配の大きさを十分検出できておらず,また測定プローブの性質上一定電圧条件下での測定ができない等の問題点が残されていました. 今回こうした問題を詳細に検討し,測定の信頼性が大きく向上したため,Cs 塩の熱容量測定結果と併せて報告いたします.

昨年度同様,伝導方向である c 軸方向に電流を印加しました. まず,サンプルステージ内の温度勾配を見積もるために,ステージに設置された Cernox 温度計とサンプルの温度を測定しました. 両者の温度はその電気抵抗から決定しました. サンプルと Cernox はステージの両端に位置しているため,局所的な発熱により最も温度差がつきやすい位置関係となっています. その結果,今回の実験では熱容量測定時の温度勾配は全温度域で 約20 mK 以下に抑えられており,熱容量測定に大きな影響を与えないことが確かめられました.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Heat capacity of θ-(BEDT-TTF)2 CsZn(SCN)4 with applying electric currents (c axis direction).

次いで,電流印加条件下での熱容量測定を行いました. 前回は一定電流条件下での測定のみを行いましたが,サンプル発熱の一次関数近似は一定電圧条件下でも成立しているはずなので,両方の条件を吟味いたしました. その結果,定電流条件下では前回同様熱容量が減少しましたが,定電圧条件下では熱容量はゼロ電場の値とほぼ一致しました. 両条件下での差異は測定に未だ何らかの問題が残されていることを示唆しています. 我々は発熱がある場合の κ の補正項 κ − α本レポート(2007年 (No. 28))研究紹介11 参照)の温度変化が測定結果に影響を与えていると考え,考察を行いました. 通常の緩和法では κ − α はひとつの測定点において一定であるとみなしますが,実際は ΔT の範囲内で僅かに温度変化し,熱容量算出に影響してきます. α は定電流か定電圧かで符号が変わり,その絶対値は電流・電圧の大きさで大きく変化するため,その差が定電流条件下と定電圧条件下での熱容量の差として現れたと考えられます. サンプル発熱同様, κ − α を温度の一次関数で近似しその温度変化の影響を取り入れて微分方程式を解くと, T = T1 + ΔT/4 における κ − α から熱容量を算出することでより正確な値が求まることが結論されます. この手法を用いて Cs 塩の熱容量を算出し直したところ,ゼロ電場,定電流,定電圧の各条件のデータはほぼ一致しました(Fig. 2). 定電流と定電圧での値が一致したことは,上記の手法により緩和法の確度が向上し,電流印加条件下での測定が成立したことを示しています. また,今回の結果から,今回印加した 100 m V cm−1 程度の電場では Cs 塩のフォノン状態密度は変化しないと考えられます.

(日野 浩靖,中澤 康浩)

発 表

日野 浩靖,中澤 康浩,日本物理学会2008年秋季大会(盛岡),22pTC-8 (2008).
日野 浩靖,中澤 康浩,第44回熱測定討論会(つくば),1C1520 (2008).

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