緩和型熱量計で1次相転移の検出は可能か?

緩和法は,1次相転移や鋭い熱容量ピークを伴う相転移の検出には不向きで,転移近傍の熱容量を正確に測定できないといわれています. これは緩和法の原理的な問題点です. しかし最近になって,緩和型熱量計を用いながらも走査法(Scanning 法)を適用すれば1次転移を検出できるという指摘がなされました. そこで今回,市販の緩和型熱量計 PPMS (Quantum Design) を用いて,その可能性と限界を検証することにしました.

Fig. 1 Fig. 1. Schematic diagram of the relaxation calorimeter (PPMS). Tp, Ts, and Tb stand for the temperatures of platform, sample, and heat sink, respectively. Kw and Kg are the thermal conductivities of wire and sample, respectively. P is the input heating power to the sample and platform.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Molar heat capacity of KH2PO4 near the phase transition point obtained by three different methods: adiabatic calorimetry (blue marks), relaxation method by PPMS (green marks), and scanning method by PPMS (red marks).

Fig. 1 に PPMS の試料周りの概念図を示します. プラットフォームに付けたヒーターとワイヤーが熱の出入口となっており,通常の熱緩和法ではプラットフォームの温度の時間変化(緩和曲線)をモデルフィットして熱容量を算出します. しかし,非常に鋭い熱容量ピークや潜熱を伴う転移を通過すれば,緩和曲線に段(プラトー)ができるため,簡単なモデル式でフィットすることができず,結果として正確な熱容量が得られません. 今回の Scanning 法では,このような従来のフィッティングを行わず,緩和曲線の温度データをそのまま以下の式に入れて熱容量を算出します.

Equation

この式は,緩和法で用いる式と同じ形をしており,試料内の熱緩和が無視できるほど速い場合に適用できます. 式中の Tp はプラットフォーム温度,P はヒーターパワー, Kw はワイヤーの熱伝導率, Tb は熱浴の温度をそれぞれ示します. TpP は時間 t と合わせた3次元データとして得られ, dT/dt はその緩和曲線の傾きとして計算できます. ここで, KwTb は PPMS では直接計測できないため何らかの工夫が必要です. 今回,Kw はアデンダ測定時の値を内挿して計算しました. Tb は加熱方向のスキャンと冷却方向のスキャンで得られる2種の熱容量の絶対値が等しくなるように値を決定しました.

Fig. 2 に Scanning 法を用いて実際に測定した KH2PO4 の 122 K の強誘電性相転移付近の熱容量を示します. 試料には単結晶を用いました(3×3×1 mm3). Scanning 法で得られた熱容量ピークは断熱法で得られたピークより遥かに鋭いのがわかります. 気になるのは熱容量の絶対値の精確度ですが,相転移前後のいわゆる「正常熱容量」の絶対値は,測定誤差内で断熱型熱量計による測定結果と良い一致を示しています(Fig. 2 右挿入図).

Scanning 法で得られる熱容量ピークは,測定条件によって少し変化します. 例えば,スキャン速度を遅くすれば得られる熱容量ピークは鋭くなります. また加熱方向と冷却方向で得られる熱容量ピークには若干の温度差が見られます(加熱方向の方が高温側). しかし,両者の温度差はスキャン速度を遅くすれば小さくなります. これは試料とプラットフォームの温度差が反映されたものと考えられます. 2種のスキャンで得られる転移温度の見かけの違いは,相転移がヒステリシスを示すか否かの確認にも利用できます. 例えば KH2PO4 の 122 K の相転移では,スキャン速度 0 に補外すると転移温度の差がなくなり,測定精度の範囲内ではヒステリシスがないといえます. この相転移は1次であるか否かが長い間議論されてきた相転移であるだけに,大変興味深い結果といえます.

KH2PO4 で満足な結果が得られたため,変位型の強誘電性相転移で1次相転移の典型として知られる BaTiO3 の 203 K 付近の相転移に Scanning 法を適用してみました. しかし,良好な熱容量データは得られませんでした. 主な問題点をまとめると, ① 大きなヒステリシスによって加熱方向と冷却方向の両方で転移点を見出すことが難しく,Tb が正確に決まらない, ② 温度域が高いため試料内の緩和時間が長く,上式が適用できない, ③ 相転移が複数に分裂して観測され(結晶も割れる)その再現性がないため正確な転移温度が定まらない, ④ 加熱スキャンでは過熱現象が観測され,これによって熱容量が算出できない,などが挙げられます.

まとめれば,今回の Scanning 法は幾つかの条件を満たした場合にのみ使える手法といえます. 潜熱が小さい(もしくは潜熱が無い)相転移で,熱容量ピークが非常に鋭く,臨界挙動が見られる相転移には適しており, KH2PO4 はその良い例であったといえます.

本研究は,ドイツのカールスルーエ固体物理学研究所のマインガスト博士との共同研究です.

(鈴木 晴,稲葉 章)

発 表

H. Suzuki, A. Inaba, and C. Meingast, the 63rd Calorimetry Conference (New Jersey, USA) P9 (2008).
鈴木 晴,稲葉 章,C. Meingast,第44回熱測定討論会(つくば),1B1610 (2008).

Copyright © Research Center for Structural Thermodynamics, Graduate School of Science, Osaka University. All rights reserved.