メタケイ酸ナトリウムから合成された
Ni(OH)2 モノレイヤーナノクラスターの
磁気的性質の合成条件依存性

Ni(OH)2 モノレイヤーナノクラスター(以下 Ni-MNC と省略)は, Ni2+ イオン (S = 1) の二次元三角格子1層からなるナノサイズの Ni(OH)2 で,いわゆるトップダウン方式のナノスケール磁性体です. NiCl2 水溶液と Na2SiO3(メタケイ酸ナトリウム)水溶液を混合してできたゲルを 100 °C で乾燥することによって,アモルファス SiO2 に取り囲まれた Ni-MNC が得られます. Ni-MNC は,強磁性相転移温度(約10 K)とほぼ同じ温度で磁化の凍結が観測され,その温度以下では量子磁気トンネリング(QMT)も見出されています. これらはバルク結晶の Ni(OH)2 では見られない現象です. 以前,本レポート(2002年 (No. 23) 研究紹介2)で,熱容量測定から見出された 20 K 付近の熱異常が強磁性的相互作用によるものであることを報告しました. 昨年の本レポート(2007年 (No. 28) 研究紹介8)では,NiCl2 水溶液と Na2SiO3 水溶液の混合濃度比を変えて合成した Ni-MNC の熱容量測定を行うことにより,20 K 付近の熱異常に違いが生じることを報告し,磁気エントロピーの値からスピングラス的挙動が見られること,試料間での磁気エントロピーの違いがクラスターサイズの違いを示唆していることを述べました. 今回,混合濃度比依存性の効果をより詳しく調べるため, NiCl2 水溶液と Na2SiO3 水溶液の混合濃度比をより系統立てて変化させて試料を合成し,熱容量測定,磁化率測定,X線回折実験を行いました.

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) Magnetic heat capacities of Ni-MNCs in the samples A, D, and F.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Magnetic susceptibilities of Ni-MNCs in the sample A, B, C, D, E, and F. Blocking temperatures are indicated by arrows.

Fig. 3 Fig. 3. (Click to enlarge.) X-ray diffraction patterns of Ni-MNCs in the samples A, D, and F.

試料は, 0.01 mol dm−3 NiCl2 水溶液 800 cm3 に対して,それぞれ 800 cm3
0.01 mol dm−3 Na2SiO3 水溶液を混合させて合成したもの(サンプルA),
0.02 mol dm−3 Na2SiO3 水溶液を混合させて合成したもの(サンプルB),
0.03 mol dm−3 Na2SiO3 水溶液を混合させて合成したもの(サンプルC),
0.05 mol dm−3 Na2SiO3 水溶液を混合させて合成したもの(サンプルD),
0.1 mol dm−3 Na2SiO3 水溶液を混合させて合成したもの(サンプルE),
0.2 mol dm−3 Na2SiO3 水溶液を混合させて合成したもの(サンプルF) を調整しました.

熱容量測定には断熱型熱量計と緩和型熱量計を用いました. 全ての試料で 20 K 付近にブロードな熱異常が見られました. 前回と同様の方法により,各試料の磁気熱容量を求めました(Fig. 1). Ni2+ イオン (S = 1) のスピン系で予想される磁気エントロピーの値は Rln3 = 9.13 J K−1 mol−1 です. しかし,各試料の磁気エントロピーは
サンプルA(7.74 J K−1 mol−1),
サンプルD(6.73 J K−1 mol−1),
サンプルF(6.62 J K−1 mol−1) と,何れも小さくなっています. これらの磁気エントロピーの減少分はスピングラス的挙動により秩序化できなかった分のエントロピーであると考えられます.

次に,磁化率測定結果を Fig. 2 に示します. 全ての試料で零磁場冷却(ZFC)と磁場冷却(FC)の磁化率がある温度(ブロッキング温度)で分岐する現象が見られました. この現象はスピングラスの系で観測されるものです. 興味深いことに,合成時の Na2SiO3 水溶液濃度が高濃度になるにつれ,このブロッキング温度が下がるという現象が観測されました.

Fig. 3 は X線回折実験の結果です. 測定結果は試料セルと SiO2 の寄与を差し引いたものです. 回折パターンから,確かに Ni-MNC ができていることがわかります. (10) の回折ピークから Ni-MNC の平均直径を見積もると,サンプルAで 2.27 nm, サンプルDで 2.03 nm, サンプルFで 1.95 nm となり,合成時の Na2SiO3 水溶液が高濃度になるにつれ,Ni-MNC のサイズが小さくなることが示唆されました.

以上のことから,試料合成中の Na2SiO3 水溶液の濃度増加により,Ni-MNC の結晶成長が阻害され,結果として Ni-MNC のサイズが小さくなるということがわかりました. ごく最近, Na4SiO4 (オルトケイ酸ナトリウム)水溶液からも Ni-MNC が合成できることを発見しました. 次の研究紹介記事(研究紹介18)では,このオルトケイ酸ナトリウムから合成された Ni-MNC について紹介します.

(丸岡 俊和,宮崎 裕司)

発 表

丸岡 俊和,宮崎 裕司,一柳 優子,川路 均,阿竹 徹,稲葉 章,第44回熱測定討論会(つくば),2C1440 (2008).

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