オルトケイ酸ナトリウムから合成された
Ni(OH)2 モノレイヤーナノクラスターの
磁気的性質の合成条件依存性

ニッケルモノレイヤーナノクラスター(Ni-MNC)はナノスケール磁性体であり,バルク Ni(OH)2 結晶では見られなかった超常磁性やスピングラス的挙動が見られます. アモルファス SiO2 に包まれた Ni-MNC は NiCl2 水溶液と Na2SiO3 水溶液を混合してできたゲルを 100 °C で乾燥することによって得られますが,前の研究紹介記事(研究紹介17)で述べましたように,合成時の Na2SiO3 水溶液濃度により,Ni-MNC のサイズが変化し,それによってスピングラス的挙動や磁気エントロピーの値が変化することを報告しました.

ごく最近,合成時に Na2SiO3 (メタケイ酸ナトリウム)の代わりに Na4SiO4 (オルトケイ酸ナトリウム)を用いても,Ni-MNC を合成できることを発見しました. 反応式を比較してみると,
メタケイ酸ナトリウムの場合 NiCl2 + Na2SiO3 + H2O → Ni(OH)2 + SiO2 + 2NaCl,
オルトケイ酸ナトリウムの場合 2NiCl2 + Na4SiO4 + 4H2O → 2Ni(OH)2 + SiO2 + 4NaCl
が理想反応式となり,アモルファス SiO2 中の Ni-MNC の濃度を高めることができます. この濃度の違いが Ni-MNC の磁気的性質にどのように影響するのか興味深く思い,メタケイ酸ナトリウムの場合と同様に, NiCl2 水溶液と Na4SiO4 水溶液の混合濃度比を系統立てて変化させて試料を合成し,熱容量測定と磁化率測定を行いました.

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) Magnetic heat capacities of Ni-MNCs in the samples A, B, and C.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Magnetic susceptibilities of Ni-MNCs synthesized from Na4SiO4 and Na2SiO3. Blocking temperatures are indicated by arrows.

試料は, 0.02 mol dm−3 NiCl2 水溶液 800 cm3 に対して,それぞれ 800 cm3
0.01 mol dm−3 Na4SiO4 水溶液を混合させて合成したもの(サンプルA),
0.05 mol dm−3 Na4SiO4 水溶液を混合させて合成したもの(サンプルB),
0.2 mol dm−3 Na4SiO4 水溶液を混合させて合成したもの(サンプルC) を調製しました.

熱容量測定は断熱型熱量計と緩和型熱量計を用いて行いました. 全ての試料で 20 K 付近にブロードな熱異常が見られました. この熱異常から前回と同様の方法で格子熱容量を差し引き,磁気熱容量を得ました. 各試料の磁気熱容量を Fig. 1 に示します. Ni2+ イオン (S = 1) のスピン系で予想される磁気エントロピーの値は Rln3 = 9.13 J K−1 mol−1 です. しかし,各試料の磁気エントロピーは
サンプルA(7.38 J K−1 mol−1),
サンプルB(7.16 J K−1 mol−1),
サンプルC(5.33 J K−1 mol−1)と,期待される磁気エントロピーより小さくなっています. これは前の研究紹介記事(研究紹介17)の Ni-MNC の振る舞いと同様に,スピングラス的挙動により残余エントロピーが残っているものと考えられます.

Fig. 2 はサンプルAの磁化率測定の結果です. 比較のためにメタケイ酸ナトリウムから合成された Ni-MNC (NiCl2 : Na2SiO3 = 0.01 mol dm−3 : 0.01 mol dm−3) のデータもプロットしています. 零磁場冷却(ZFC)と磁場冷却(FC)の磁化率が分岐するブロッキング温度が,メタケイ酸ナトリウムから合成された Ni-MNC のよりも高くなっていることがわかります. このことは,Ni-MNC 間に何らかの相互作用が働いていることを示唆しています. Ni-MNC 間に超交換相互作用が伝わるような経路が見あたらないこと,比較的長距離的な相互作用であることから,おそらく双極子−双極子相互作用であると考えられます. 今後,これらの試料のX線回折実験を行い,構造の観点からも詳しく調べる予定です.

(丸岡 俊和,宮崎 裕司)

発 表

丸岡 俊和,宮崎 裕司,一柳 優子,川路 均,阿竹 徹,稲葉 章,第44回熱測定討論会(つくば),P14 (2008).

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