MEMS デバイスを用いた
微小単結晶の低温熱輸送特性の測定

分子性結晶は分子の配列によって多彩な格子系を実現し,さらに格子振動の自由度と電子の電荷及びスピンの自由度が強く相互作用する結果,超伝導,磁性,電荷秩序などの多様な物性を示す大変興味深い物質群です. 熱伝導率は格子・電子・スピンのすべての自由度の輸送特性を直接反映した物理量なので,熱伝導測定は分子性結晶の低エネルギー励起の動的性質を調査するために有用な手法です. 実際,強相関無機化合物の熱伝導率測定からは, d 波超伝導状態の準粒子伝導や一次元スピン系のマグノン伝導など,電気抵抗測定だけでは検出し得ない現象から低温凝縮相の動的物性が明らかにされています.

熱流による輸送現象である熱伝導は結晶構造を反映した方向性を有するので,純良な単結晶を測定試料として用いるのが望ましいです. しかし,比較的容易に mm 級の純良な単結晶が得られる上記のような強相関系無機化合物とは異なり,大きく高品質な有機結晶を成長させるのは一般により困難であるため,これまでの手法をそのまま分子性結晶に用いることはできない場合が多かったです. 本研究の目的は,100 μm 級の微小結晶でも熱伝導率を精密に測定する手法を開発することです.

Photo 1 Photo 1. Photograph of the developed MEMS device to measure thermal conductivity of sub-millimeter organic crystals.

Fig. 1 Fig. 1. Temperature dependence of thermal conductivity in rubrene single crystals of 100-μm dimensions and mm dimensions.

Fig. 2 Fig. 2. Typical temperature profiles of thermal conductivity in clean and dirty insulating crystals.

このため,100 μm 級の微小結晶をマウントするだけで簡便に熱伝導率を測定できるよう,三次元微細加工技術である MEMS (Micro Electro Mechanical Systems) 技術を用いて熱伝導率測定用デバイスを作製しました. Photo 1 にこのデバイスの顕微鏡写真を示します. 今回作製したデバイスの構造は,Si 基板の中央部にフォトリソグラフィによってヒーター及び温度計としての ZrN 薄膜と金電極をパターンして構成しました. ヒーター及び温度計のみを残し,Si 基板の中央部を全てエッチングし,試料をセットする部分を中空構造にする事によってデバイスを介する熱リークをほとんど完全になくし, 3He 温度まで精密に測定できるようにしました.

有機分子性結晶ルブレンは,通常は 100 μm 級の結晶しか得られませんが,成長条件を工夫し,非常に時間をかけてゆっくり成長させる事によって mm 級の結晶を得る事もできる物質です. このため,ルブレンをサンプルとして,作製したデバイスを用いて 100 μm 級の結晶を測定し,また,それと比較する対象として一般的な熱伝導率測定法である 1 heater 2 thermometer 法によって mm 級の試料を測定し,MEMS デバイスによる熱伝導率測定が成立しているかを調べました. Fig. 1 にこの結果を示します.

熱伝導率 κ は,熱担体の熱容量 C,速度 v,平均自由行程 l に比例し,

Equation 1

となります. 主にフォノンによって熱が伝えられる絶縁体では,平均自由行程を決定する要因は,低温領域ではサンプル固有の欠陥による散乱,高温領域ではフォノン‐フォノン散乱です. 熱伝導率は,温度上昇によって増加する熱容量と低温ではほとんど一定で,高温ではフォノン‐フォノン散乱の増大によって急激に減少する平均自由行程がクロスオーバーする温度域においてピークをもちます. このため,ルブレンのようなフォノンによって熱が伝導される物質の熱伝導率は,Fig. 2 のように低温でサンプルの欠陥に依存するフォノン由来のピーク構造を示し,十分にフォノン‐フォノン散乱が強くなった高温ではサンプル依存性がなくなり,物質固有の熱伝導率をとります.

Fig. 1 から MEMS デバイスによる測定結果は一般的な 1 heater 2 thermometer 法による測定結果と同様,試料の欠陥密度に依存する低温領域におけるピーク構造と高温領域における物質固有の熱伝導率の値を再現し,MEMS デバイスによる熱伝導率測定が成立している事が確認されました. また成長条件によってルブレン単結晶中の欠陥密度は違い,十分に時間をかけて成長させた方がより欠陥密度が小さくなることが分かりました.

(岡田 悠悟,宇野 真由美,竹谷 純一)

発 表

岡田 悠悟,宇野 真由美,竹谷 純一,中澤 康浩,第44回熱測定討論会(つくば),1B1630 (2008).

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