低温熱伝導率測定による
有機分子性結晶ルブレンの欠陥密度の評価

近年,有機電界効果トランジスタなどのエレクトロニクス材料や非線形光学材料としての有用性が示され,有機分子性結晶への注目度が高まっています. しかし,これらの素子特性には,1015 cm−3 程度の少量の欠陥や不純物の存在が大きな影響を及ぼすにもかかわらず,こうした高純度の有機単結晶の品質を定量的に評価する手法は確立されていません.

有機トランジスタ中のキャリア伝導と同様に,一般に輸送現象は結晶欠陥や不純物による散乱確率を直接反映する事に着目し,本研究では,フォノンの平均自由行程が関与する熱伝導率の測定によって,結晶欠陥の密度を評価する実験を行いました. また,熱伝導率測定は,結晶の表面の様子を観測する光学的測定などとは異なり,バルク内部の欠陥の情報を得る事ができるという点でも有機単結晶の品質評価に有効です. フォノンの熱伝導率は高温領域では熱励起されたフォノンによる散乱が支配的なのに対し, 10 〜 20 K 以下では,主に結晶欠陥によって散乱を受けるので,この低温領域の熱伝導率を測定する事によって,欠陥密度を評価する事ができます.

Fig. 1 Fig. 1. Temperature dependence of thermal conductivity of rubrene crystals grown by three different conditions (red: from gas phase, blue: from aniline solution, and green: from p-xylene solution).

今回,非常に優れたトランジスタ特性を示す事が知られている有機分子性結晶ルブレンを熱伝導率測定による結晶欠陥の評価法のサンプルとして選びました. 電気炉で昇華させた試料を Ar ガスフローで低温部へ運んで結晶化させる physical vapor transport 法によって気相から得られたルブレン単結晶,及び,アニリンまたは p‐キシレン溶液中からの再結晶によって液相から得られたルブレン単結晶の3種類のサンプルについて低温における熱伝導率を測定しました. physical vapor transport 法によるサンプルでは,Fig. 1 に示すように 10 K 付近の熱伝導率に明瞭なピーク構造が現れています. この低温領域における熱伝導率のピークは,フォノンの平均自由行程が分子間距離より桁違いに長い事を示しています. 電荷移動錯体有機単結晶の熱伝導率と比べても,有機分子性結晶においてこれほど顕著なピークが見られた例はなく,気相成長させたルブレン単結晶の純良性を反映しているといえます. 一方,液相から成長させたルブレン単結晶は2種類とも physical vapor transport 法によるものより低温熱伝導率が小さく,より欠陥密度が大きい事が分かりました. この結果は,気相成長,及び,液相成長ルブレン単結晶を用いて作製した FET の移動度測定の結果(気相成長:μ ∼ 10 cm2 V−1 s−1, 液相成長:μ ∼ 1 cm2 V−1 s−1)と定性的に一致しています.

Fig. 2 Fig. 2. Low temperature heat capacity of a rubrene crystal.

Fig. 3 Fig. 3. T2 vs κ plot for the rubrene crystals grown from gas phase and from aniline solution.

次に,欠陥密度について定量的な議論するため,平均自由行程と同様に熱伝導率に関与している熱容量の測定を緩和型熱量計(分子熱力学研究センター保有の Quantum Design 社製 PPMS Model 6000)を用いて行いました. ルブレンの熱容量 C は Fig. 2 に示すように低温ではデバイモデルに従い,

Equation 1

となります. ここで,β は格子熱容量係数,T は温度,R は気体定数,θ はデバイ温度です. この熱容量測定の結果からデバイ温度 θ = 254.5 K を得ました.

欠陥によって平均行程が制限されているモデルでは,平均自由行程 l は,

Equation 2

となります. ここで,ND は欠陥密度,v は速度,γ はグリュナイゼン定数,B はバーガースベクトル,ω は振動数です. 熱伝導率 κ は,

Equation 3

となります. このため,(1), (2), (3) 式から,

Equation 4

となり,熱伝導率は温度の2乗に比例します. このことは,フォノンを散乱する主な要因がストレインディスロケーションタイプの格子欠陥であることを意味します. 実験から得られた熱伝導率を温度の2乗に対してプロットすると,Fig. 3 に示すように直線に乗り,その勾配から欠陥密度を求めた所,気相成長では ND = 2.454×1015 cm−3,液相成長では ND = 7.092×1015 cm−3 となりました. この結果は,ルブレンを用いたダブルゲート FET 測定から求められたトラップ密度 NT ∼ 1015 cm−3 に近く,ルブレン単結晶中のディスロケーションが周囲とのポテンシャルの違いによって電気的なトラップとしても働いている可能性を示唆しています.

最後に,ルブレン単結晶の低温熱容量測定に際して,分子熱力学研究センターの宮崎裕司氏に多大な協力をいただきました. 改めまして,この場にて心より感謝申し上げます.

(岡田 悠悟,竹谷 純一)

発 表

岡田 悠悟,竹谷 純一,中澤 康浩,日本物理学会第63回年次大会(大阪),25pTG-8 (2008).

Copyright © Research Center for Structural Thermodynamics, Graduate School of Science, Osaka University. All rights reserved.