パーフルオロアルカン単分子膜固体の
構造と相転移

昨年の阪大化学熱学レポート(2007年 (No. 28)) 研究紹介21 では,グラファイト表面に吸着した n-C8F18 単分子膜の相挙動について紹介しました. その2次元固体は 169.7 K で固相転移を示し,173.3 K で2次元融解することがわかりました. 本レポートでは,一連のパーフルオロアルカン単分子膜(n = 6 〜 16;ただし11を除く)の構造と相挙動について調べた結果を報告します. 今回もX線回折実験と熱容量測定を行うことにより,n = 8 の他にも n = 7, 10, 15 で固相転移が存在することがわかりました. 一例として n-C7F16 単分子膜について紹介します.

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) X-ray diffraction patterns obtained from the sub-monolayer of n-C7F16 adsorbed on graphite, showing that there is a 2D solid-solid phase transition between 130 K and 135 K and a 2D melting between 145 K and 150 K.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) 2D structure of the monolayer of n-C7F16 (schematic).

Fig. 3 Fig. 3. (Click to enlarge.) Molar heat capacity of the sub-monolayer of n-C7F16 adsorbed on graphite. The monolayer exhibits 2D solid-solid transitions at 131.4 K and 134.3 K and the 2D melting at 147.9 K. The enthalpies and entropies are given in the figure.

実験には比表面積 16.6 m2 g−1 のグラファイト(Papyex)を用い,あらかじめ真空中高温で(350 °C, 2 〜 3 h)焼き出しました. 被覆率約0.8の単分子膜を作成するために,X線回折用には n-C7F16 を 4 μL(グラファイトは 0.453 g),熱容量測定用には 26.19 mg(グラファイトは 1.84 g)を吸着させました. なお,110 °C で 1 h アニールし,徐冷したものを測定試料に用いました. いずれの測定でも,グラファイトからの寄与を差し引くことで単分子膜からのX線回折パターンや熱容量を得ました.

Fig. 1 にX線回折測定の結果を示します. 回折角の高角側に裾を引いた Bragg 反射が見られます. これは,優先配向をもちながら面内にはランダムに配向した2次元固体からの回折に特徴的な形で,これから2次元固体が形成されていることが確認できました. ただし,使用したグラファイトの良好な優先配向を反映して,この2次元固体にはかなりの優先配向があることがわかります. ここで,12 〜 130 K(低温相)と 135 K付近(高温相)ではX線回折パターンが異なり,構造の異なる2次元固体が形成されていることがわかります. 回折パターンの指数付けから,分子はグラファイト表面に沿って吸着しており,その2次元構造は共に長方形格子であると思われます(Fig. 2). また,150 K ではピークがブロードになり,この付近で2次元融解が起こることがわかります.

Fig. 3 に熱容量測定の結果を示します. 単分子膜からの熱容量寄与は,相転移領域を除き全体の熱容量の 0.26% 〜 0.35% に過ぎません. このため試料のモル熱容量として表した場合にはデータにかなりバラつきが見られますが,X線回折測定の結果と非常によく対応した温度で熱容量ピークが観測されました. ただし,固相間転移では熱容量ピークが2つ観測され,2次元融解は 147.9 K で起こることがわかりました. それぞれのエンタルピー変化,エントロピー変化は図のようなベースラインを引くことで求めました. 各値を図中に記してあります. 大きな転移エントロピーをもつ相転移が観測されており,これは剛直ならせん構造をもつパーフルオロアルカン分子が,長軸周りに回転している回転相が出現することによるものと思われます.

以上のように n = 7, 8 では固相間転移が融解付近で起こりますが,一連のパーフルオロアルカンを測定した結果,ここには示しませんが n = 10, 15 では固相間転移が融解よりも 数十 K 低い温度で起こります. これはアルカンでは見られなかった現象です. このようにパーフルオロアルカンの研究によって新奇な現象が見出されつつあります.

(嶋田 和将,稲葉 章)

発 表

嶋田 和将,稲葉 章,第44回熱測定討論会(つくば),1A1000 (2008).

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