グラファイト表面に吸着した
10,12-pentacosadiyn-1-ol 分子膜固体の構造

Fig. 1 Fig. 1. Molecular structure of PCDYol.

Fig. 2 Fig. 2. A typical high resolution image of adlayer. Arrows on the right side indicate two levels of brightness of the lines of diacetylene moieties. White ones mean bright lines and black ones. The bars on the left side indicate the alkyl chain directions.

Fig. 3 Fig. 3. An STM image at a domain boundary. Difference in line thickness means that of the column directions.

Fig. 4 Fig. 4. Sketch of the vectors discussed. For clarity, θ is emphasised and length of vectors is not precise.

STM(走査型トンネル顕微鏡法,Scanning Tunneling Microscopy)は基板と探針とを 数 Å 程度に近づけてその間に流れるトンネル電流を測定することで分子,原子レベルで表面の形状,電子状態を実空間で観察する方法です. STM の原理上,サンプルには導電性が求められますが,有機分子の場合でも導電性をもつ基板上に形成させた薄膜ならば観察することができます. 炭素数の多い直鎖のアルカンの薄膜ではグラファイト表面でアルキル鎖方向とカラム方向とがほぼ垂直であることが STM によって確かめられています. また同程度の炭素数をもつ直鎖の第一級アルカノールの薄膜は基板表面で水素結合の影響により,アルキル鎖方向がカラム方向に対して傾いているヘリングボーン構造をとることも確かめられています. またアルカジインの分子薄膜の STM での研究例も多くあります. これらの分子はジアセチレン部(DA 部)で折れ曲がりをもっています. その薄膜では直鎖のアルカンのものと同様にアルキル鎖方向とカラム方向がほぼ垂直になります. 大きな特徴として,一列に並んだ DA 部が明線として見えることが挙げられます.

10,12-pentacosadiyn-1-ol (PCDYol) の分子構造を Fig. 1 に示します. 本研究では STM により,グラファイト表面に吸着した DA 部をもつ PCDYol の薄膜に及ぼされる末端水酸基の影響を明らかにすることを目的としました.

試料薄膜は溶液から固液界面に成長させました. 揮発性の低い phenyloctane 溶媒を用いて飽和溶液を調製し,これを劈開したグラファイト基板に滴下して分子膜を得ました. STM 観察は室温,大気圧下で行いました.

PCDYol が分子レベルで観察された STM 像を Fig. 2 に示します. 図の左下に線で示したように,ヘリングボーン構造が観察されました. 直鎖の第一級アルカノールと同様に DA 部をもつ PCDYol も末端水酸基の存在によって水素結合が形成され,このような構造になったと考えられます.

また他の研究の DA 分子と同様に DA 部の列が明線として観察されました. 図の右側の白と黒の矢印で示したように,明線の中には2段階の明るさがあり,それらが交互に現れることを見いだしました. より明るい方の明線をつくる分子のアルキル鎖方向のベクトルを l1, これに比べ暗い方の明線をつくる分子のアルキル鎖方向のベクトルを l2 とし,これらはそれぞれカラム方向のベクトル(ユニットセルの短軸) b となす角度を φ1φ2 とすると, φ1 = φ2 = 70 ± 1° であることが分かりました. また,b とグラファイト基板の格子ベクトル bg のなす角度 θ は小さな値(θ < 3°)をもつことを確かめました. ドメイン境界付近の STM 像を Fig. 3 に示します. 2つのドメインのカラムは互いに平行ではありませんでした. このことからも θ は 0° でない有限の値をとることが支持されます.

φ1φ2 が等しくかつ θ ≠ 0° のとき,アルキル鎖方向のベクトルが bg となす角度 ψψ = φ ± θ の2つの異なる値になります(Fig. 4). 実際,明るい方の明線をつくる l1 に対応する ψ1ψ1 = φ + θ で,暗い方の明線をつくる l2 に対応する ψ2ψ2 = φθ でした. つまりグラファイトに対する DA 部の方位もカラム間で異なり,この違いが STM 像での明るさの違いにあらわれたことになります.

(野田 啓輔,高城 大輔)

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