タンパク質と高分子電解質との相互作用は,生物学的に重要であるとともに,バイオテクノロジーへの応用においても,基礎的な知識として重要な情報です.これまでに,多数の球状タンパク質とイオン性多糖との複合体形成が報告されてきましたが,系が複雑であることから,形成された複合体の詳細な構造に関する情報が得られた例はほとんどありません.本研究では,ソラマメから抽出した球状タンパク質であるレグミンとアニオン性多糖であるκ–カラゲナンが中性低塩濃度水溶液中で形成する水溶性の複合体の構造を,多角度光散乱検出器付きサイズ排除クロマトグラフィー(SEC–MALS)とメチレンブルーを用いた分光法を用いて調べました.また,複合体形成に伴うレグミンの高次構造安定性についても,示差熱測定と円二色性により調べました.
Fig. 1. Elution curves of aqueous solutions of legumin, κ–carrageenan, and their mixture.
Fig. 2. DSC curves for legumin in aqueous solutions in the absence and in the presence of κ–carrageenan.
Fig. 1には,レグミンとκ–カラゲナンの濃度が,それぞれ5 × 10−4 g/cm3(1.4 × 10−6 M)と1 × 10−3 g/cm3(7.9 × 10−6 M)(κ–カラゲナンとレグミンの重量比q0 = 2)の混合物水溶液に対するSECクロマトグラムを丸印で示します.縦軸は溶出溶液中の全高分子の質量濃度,横軸は溶出体積です.また,図中の実線は,レグミン(点線)とκ–カラゲナン(破線)の単独溶液(混合物溶液の各成分と同じ濃度)に対する溶出曲線の和で,レグミンとκ–カラゲナンが複合体を形成せず,独立に溶出した場合に期待される溶出曲線です.丸印は,明らかに実線からずれており,カラゲナンの単独溶液に対する破線に形が近い曲線に従っています.よって,レグミンはκ–カラゲナンと複合体を形成し,複合体の形態はκ–カラゲナンのそれに近いと考えられます.
カチオン性色素であるメチレンブルーは,アニオン性多糖であるκ–カラゲナンとイオンコンプレックスを形成し,吸収スペクトル変化からメチレンブルーの吸着量がわかります.このコンプレックス水溶液にレグミンを加えると,メチレンブルーの吸着量が減少し,それから形成したレグミンとκ–カラゲナンの複合体中の両成分のモル比と複合体の形成率が求められます.さらに,SEC–MALS測定より得られた各溶出体積での散乱関数から,レグミンとκ–カラゲナンの複合体のモル質量と回転半径を求めました.これらの結果とメチレンブルーを用いた実験の結果を組み合わせると,レグミンとκ–カラゲナンは1:1〜4:4の等モルの複合体を形成し,1:1複合体の回転半径はフリーのκ–カラゲナンのそれに近く,より高次の複合体中のκ–カラゲナン鎖は同じ重合度のフリーのκ–カラゲナン鎖より縮んでいると結論づけました.
また,Fig. 2にはレグミン水溶液の熱容量の温度依存性を示しています.この水溶液にκ–カラゲナンを添加していきますと(図中の点線と一点鎖線の曲線),熱容量曲線のピークが高温側に僅かに移動しており,複合体形成により,レグミンの高次構造はフリーのときよりも安定化していることを見出しました.
Y. A. Antonov and T. Sato, Food Hydrocolloids 23, 996 (2009).
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