研究紹介 23

水溶液中での
ポリイオンコンプレックス形成の非可逆性

Fig. 1 Fig. 1. Composition dependence of mw for polyion–complexes formed from PAA and PVAm with different degrees of polymerization.

Fig. 2 Fig. 2. Change of mw by addition of PAA and PVAm to a polyion–complex solution.

Fig. 3 Fig. 3. Temperature dependence of mw of a PAA–PVAm polyion–complex in water.

ポリアニオンとポリカチオンを水溶液中で混合ずると,強い静電相互作用によりポリイオンコンプレックスが形成されます.古くより知られた現象ですが,ポリイオンコンプレックスの形成機構やコンプレックス内部の高分子鎖のコンホメーション・パッキングなどについては,いまだに十分な知見が得られていません.理解を困難にしている原因の一つは,コンプレックス形成が不可逆的に起こり,コンプレックス構造がしばしばその調製条件に依存する点にあります.本研究では,化学構造が単純なポリアクリル酸ナトリウム(PAA)とポリビニルアミン塩酸塩(PVAm)が希薄な水溶液中で形成するポリイオンコンプレックスを研究対象として選び,そのコンプレックスの構造と形成機構,特にコンプレックス形成の不可逆性について,主として光散乱法を用いて調べました.

まず,初濃度c0 = 5.0 × 10−4 g/cm3のPAAとPVAmの水溶液を混合してカルボキシ基の全解離基に対するモル分率xAの異なる混合溶液を調製しました.その溶液を遠心して沈殿物を回収し,高分子組成をNMRで調べると,いずれのxAの混合溶液から回収された沈殿も等モルのカルボキシ基とアンモニウム基を含んでいました.これから,形成されたコンプレックスがほぼ中性であることが確かめられました.次にc0 = 1.0 × 10−4 g/cm3xAの異なる混合溶液に対して電気泳動光散乱測定を行いますと,形成されたコンプレックスはxA < 0.5では正に,xA > 0.5では負に帯電していました(ただし,コンプレックス当りの電荷量は全モノマー単位の1%程度であり,NMRの結果と矛盾しません).すなわち,形成されたほぼ中性のポリイオンコンプレックスは,溶液中に存在する過剰高分子電解質成分のわずかな付着によって分散安定化されていると考えられます.ちょうど,難溶性塩が水溶液中で形成する疎水性コロイドとよく似ています.以上の結果に基づき,静的光散乱データの解析を行いました.すなわち,PAAとPVAm混合溶液中では中性会合体が形成され,過剰高分子電解質成分はコンプレックス形成に関与せず,その光散乱強度への寄与は無視できるほど小さいという点を考慮に入れて,コンプレックスの重量平均の会合数(コンプレックス中のPAAとPVAmの総本数)mwを回転半径<S2>1/2とともに光散乱データから求めました.

Fig. 1には,異なる重合度nAnCのPAAとPVAmの組合せで形成されたポリイオンコンプレックスの会合数mwの混合組成依存性を示します.データ点は多少ばらついていますが,xA = 0.5に近づくにつれてmwは増加する傾向にあります.これは,過剰高分子電解質成分がxA = 0.5に近づくほど少なくなり,コンプレックスが安定化されにくくなるためと解釈できます.他方,nA = 370と600とで,同じxAでもmwに多少差が見られますが,それほど顕著な重合度依存性は認められません.

Fig. 2には,まずxA = 0.25でポリイオンコンプレックスを形成させた水溶液に,同じ濃度のPAA水溶液あるいはPVAm水溶液を添加してxAを矢印の方向に変化させたときのmwの変化を示します.xA < 0.5の条件下でPAAあるいはPVAmを添加しているので,形成されたコンプレックスは最終的には過剰に存在するPVAmの付着により負に帯電して安定化されています.したがって,コンプレックスはPAAが新たに加えられると成長し,PVAmを添加しても成長しません.ただし,PAAの後にPVAmを添加して元のxAに戻しても,mwは元の値には戻っておらず,ポリイオンコンプレックス形成の不可逆性を例示しています.

ポリイオンコンプレックス形成の不可逆性は,Fig. 3に示すように,温度変化においても現れています.たとえば,温度を25 ℃から60 ℃に変化させると,mwは増加しますが,元の25 ℃に戻しても,mwは元の値には戻っていません(図中の黒丸).このmwの温度依存性は,低温で付着していた過剰PVAmが高温で脱着するためと解釈できます.上述の不可逆性は,脱着したPVAmが低温に戻しても再び吸着できないためかもしれません.

(上野勝之,上野 眸,佐藤尚弘)

発 表

上野勝之,上野 眸,佐藤尚弘,第59回高分子討論会(札幌),3188 (2010).

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