研究紹介 24

光学活性ポリフルオレン誘導体の
相分離溶液中での円二色性誘起

側鎖に光学活性基を有する共役高分子は,しばしば希薄溶液中で主鎖の吸収由来の強い円二色性(CD)を呈します. これは,共役高分子が溶液中で片方巻きのらせん構造を優先的にとっていることを示しており, その優先性は同一高分子鎖内の隣接する側鎖間あるいは側鎖と主鎖間のキラルな相互作用に起因しています. これに対して,均一な希薄溶液中ではCDを示さないが,温度を下げたり非溶媒を添加して相分離を起こさせるとCDが誘起される一群の光学活性共役高分子が存在します. 最近,我々はScheme 1に示す光学活性側鎖を有するポリフルオレン誘導体の希薄溶液が, 冷却あるいは非溶媒添加により,CDを誘起することを見出しました. 本研究では,このCD誘起の分子機構を明らかにする目的で,溶液の相分離状態とCD誘起の関係, および誘起CDのキラルモノマー組成依存性と温度依存性について調べました.

Scheme. 1 Scheme 1. Chemical structure of fluorene polymers PCF(x) investigated.

Fig. 1に,THF–メタノール(1:1)混合物希薄溶液中におけるPCF(x= 1) ホモポリマーの誘起CDスペクトルを示します.ここで,THFはPCF(x) に対する良溶媒,メタノールは非溶媒です.40°Cでは楕円率 はほぼゼロですが,15 °Cに冷却すると短波長側で負,長波長側で正のCDシグナルが現れ,冷却時間とともに増大しています.

Fig. 1 Fig. 1. CD spectra of PCF(x = 1) homopolymer in a phase separating solution.

Fig. 2 Fig. 2. CD spectra of PCF(x) homopolymer and copolymers in phase separating solutions.

同じ溶液に対する光散乱測定を行った結果, 散乱光強度には非常に強い散乱角依存性が認められ,溶液中に数百nmサイズの球状濃厚相が相分離していることが判明しました.切片より求めた球状濃厚相内の高分子鎖の本数は105程度であり,濃厚相内の高分子濃度は約0.4 g/cm3であると見積もられました.光散乱の結果からは,温度40 °Cにおいてすでに同溶液には球状濃厚相が存在していましたが,Fig. 1に示したように,同じ40 °CではCDは誘起されていません.すなわち,相分離はCD誘起の十分条件ではなく,温度を15 °Cまで下げる必要があります.光散乱の結果はそれほど強い温度依存性がありませんでしたが,誘起CDには強い温度依存性が認められます. Fig. 2には,キラル−アキラルランダム共重合体の同様な相分離溶液において観測された誘起円二色性を示します.注目すべきは,モノマー組成xを1から減少させると,中間のxでスペクトルが一旦反転してから,x = 0.19において元のPCFと同じ符号のスペクトルに戻っていることです.均一な希薄溶液中でCDを呈する共役らせん高分子のキラル−アキラルランダム共重合体において,モノマー組成に伴うCDの符号の反転は報告例がありますが,符号が2回反転する報告はこれまでにはありません.

以上の実験結果に基づき,次のCD誘起モデルを提案しました. すなわち,濃厚相中に存在するPCF(x) 鎖のひとつのモノマー単位が隣接PCF(x) 鎖のらせん構造と相互作用して, 左右らせん状態に自由エネルギー差2&DeltaGhを生じると仮定します.この&DeltaGhは隣接PCF鎖の鏡像体過剰率2f &ndash 1に比例すると考えられます. 分子内でのらせん反転が起こりにくい場合には,らせん構造に強い協同性が現れ,絶対値の小さい Ghでも片方巻きのらせん構造が誘起され, また強い温度依存性を呈します.この協同的ならせん構造転移をIsingモデルを用いて取り扱うと, 誘起CDの温度依存性を理論的に再現できます.また,キラル−アキラルランダム共重合体の&DeltaGhが, 2連子のモノマー単位の種類(キラル−キラル,キラル−アキラル,アキラル−アキラル)と隣接共重合体鎖の鏡像体過剰率で決まるとすると, 誘起CDの符号の2回反転を説明できます.

(真田雄介,寺尾 憲,佐藤尚弘)

発 表

Y. Sanada and T. Sato, Polym. J. 42, 195 (2010).

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