研究紹介 1

集積型金属錯体 [MII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2O
(M = Fe,Co)の熱容量と磁気相転移

Fig. 1 Fig. 1. (Color online) Three-dimensional network structure of [MII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2O

Fig. 2 Fig. 2. (Color online) Magnetic field dependence of magnetic heat capacities of
(a) [FeII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2O,
(b) [CoII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2O, and (c) [CoII(pyrazole)4] [FeII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2O.

無機化合物の元素の多様性と有機化合物の優れた分子性・設計性の両方を兼ね備えている金属錯体をさらに高次に集積させることによって得られる,いわゆる「集積型金属錯体」は,通常の金属錯体では発現しないような特異な機能性を生み出すことができるため,近年盛んに合成・研究されています.特に[M1(L)]k[M2(CN)l]m·nH2O(M1,M2:遷移金属イオン,L:有機配位子)の型の集積型金属錯体は,多様なネットワーク構造や磁気的性質を有する可能性が高いので,研究が盛んに行われています.

私たちはポーランド・クラクフ核物理研究所の Wasiutyński 教授のグループと共同で,この種の集積型金属錯体の磁気的性質について調べてきました(本レポート No. 26 研究紹介記事4,No. 29 研究紹介記事9).今回は [MII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2O(M = Fe,Co)について紹介します.この集積型金属錯体は,Fig. 1 に示すような NbIV–CN–MII による三次元ネットワーク構造を形成しています.磁気測定結果から[FeII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2O は 8.3(5) K に,[CoII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oは 5.9(5) K に磁気相転移を示し,また,NbIV–CN–FeIIには -3.1(2) cm-1 の,NbIV–CN–CoIIには +3.5(3) cm-1 の磁気相互作用が生じていることがわかっています(D. Pinkowicz et al., Inorg. Chem. 49, 7565 (2010)).私たちはこれらの集積型金属錯体の磁気的性質をさらに調べるため,緩和型熱量計(Quantum Design 社製 PPMS)を用いて熱容量測定を零磁場(0.35 〜 100 K)および磁場中(0.35 〜 20 K,0.1 〜 9 T)で行いました.

Figs. 2(a),2(b) に熱容量の測定結果から計算した [FeII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oおよび [CoII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oの磁気熱容量を示します [FeII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oでは 8.34 K に [CoII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oでは 4.85 K に磁気相転移による熱容量ピークが観測されました.これらの磁気相転移温度は磁気測定から得られた値とほぼ一致しています.磁場の増加と共に磁気相転移の熱容量ピークが高温側へシフトし,ブロードになっていくという磁気相転移の磁場依存性および前述の金属イオン間の磁気相互作用の値から [FeII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oの磁気相転移はフェリ磁性相転移, [CoII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oの磁気相転移は強磁性相転移であることがわかります.

零磁場下での磁気熱容量の値から両錯体の磁気エントロピーを求めたところ, [FeII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oでは 27.1 J K-1 mol-1 [CoII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oでは 18.0 J K-1 mol-1 となりました.FeII イオン,CoII イオン,NbIV イオンの(有効)スピン量子数はそれぞれ SFe = 2,SCo = 1/2,SNb = 1/2 なので [FeII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oおよび[CoII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oの磁気エントロピーの予想値はそれぞれ R ln(5×5×2) = 32.5 J K-1 mol-1R ln(2×2×2) = 17.3 J K-1 mol-1 と計算され,実測値と良く合っています.

驚いたことに,両錯体の磁気熱容量にはそれぞれの磁気相転移の高温側になだらかな熱異常がはっきりと見られました.このような熱異常は低次元磁性体によく見られるものですが,今回の錯体の結晶構造からは特にそのような低次元磁気構造はないように見えます.これらの熱異常を FeII イオンの零磁場分裂や CoII イオンのクラマース二重項の内部磁場による分裂からもたらされるショットキー熱容量を用いて再現を試みましたが,あまり良い一致は得られませんでしたので,低次元磁気構造から生じるスピンの短距離秩序によるものと考えてよさそうです.

[FeII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oでは反強磁性的相互作用, [CoII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oでは強磁性的相互作用が存在するので,強磁性・反強磁性相互作用が混ざった系ではどのような磁気的性質が見られるのかという興味で,混晶[CoII(pyrazole)4] [FeII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oを合成して同様の熱容量測定を行いました.Fig. 2(c) に磁気熱容量の磁場依存性を示します. [FeII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oと [CoII(pyrazole)4]2[NbIV(CN)8]·4H2Oの磁気相転移温度の間の 7.08 K にフェリ磁性相転移が観測されました.見積もられた磁気エントロピーは 25.0 J K-1 mol-1 となり,予想値 R ln(2×5×2) = 24.9 J K-1 mol-1 と良く一致しました.やはり,磁気相転移の高温側には低次元磁性体に特有な熱異常が見られました.今後,これら3つの集積型金属錯体のなだらかな熱異常について解明していきたいと思います.

(Piotr M. Konieczny,Piotr M. Zieliński,宮崎裕司)

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