研究紹介 2

有機−無機複合磁性体 NNTOT• +· MIII Br4 (M = Fe, Ga) の
熱容量と磁気相転移

Fig. 1 Fig. 1. Molecular structure of NNTOT• +.

Fig. 2 Fig. 2.(Color online) Magnetic heat capacities of NNTOT• +· FeBr4 (top) and NNTOT• +· GaBr4 (bottom) under magnetic fields. For the sake of clarity, the magnetic heat capacities except for the zero-field magnetic heat capacities are shifted upwards. Solid curves indicate the theoretical heat capacity for high-temperature expansion of S = 2 one-dimensional antiferromagnetic Heisenberg model with J/kB = −0.64 K, for NNTOT• +· FeBr4 (top), and that of S = 1 one-dimensional ferromagnetic Heisenberg model with J/kB = +2.6 K for NNTOT• +· GaCl4 (bottom), respectively.

有機磁石と呼ばれている「分子磁性体」の中で,有機化合物の優れた分子性・設計性と無機化合物の元素の多様性の両方を兼ね備えた「有機−無機複合磁性体」は,従来の分子磁性体では見られないような特異な空間・磁気・電子構造を生み出す可能性を秘めているため,近年盛んに合成・研究されています.私たちが大阪市立大学の岡田惠次教授のグループと共同で進めている有機−無機複合磁性体に関する研究の中で,本レポート No. 29 研究紹介記事7で紹介した NNTOT• +· MIII Cl4 (M = Fe, Ga)は,有機ラジカル陽イオン NNTOT• +(NNTOT = 4-(nitronyl nitroxide)-2,2′:6′,2″:6″,6- trioxytriphenylamine,Fig. 1)と無機陰イオン MIII Cl4 からなる塩で,2つの不対電子をもつ NNTOT• +イオンは,それらの電子間に働く非常に強い強磁性相互作用のため,低温では S = 1 のスピン系と見なすことができ,一方,FeIII Cl4 イオンは S = 5/2 のスピン系,GaIII Cl4 イオンは非磁性なので S = 0 です.NNTOT• +· GaIII Cl4 が 2.65 K に反強磁性相転移を示したのに対し,NNTOT• +· FeIII Cl4 では 0.78 K と 2.86 K に2つの反強磁性相転移が観測され,それぞれの磁気相転移が NNTOT• + イオンと FeIII Cl4 イオンが独立に磁気秩序化したものであるという,非常に特異的な磁気的性質を示すことを明らかにしました.

この類い希な磁気挙動をさらに調べるために,今回,陰イオンのハロゲンを臭素に置き換えた NNTOT• +· MIII Br4 (M = Fe, Ga)について熱容量測定を行いました.熱容量測定には,Quantum Design 社製の緩和型熱量計 PPMS を用いました.測定は 0.35 〜 20 K の温度範囲で行い,9 T までの磁場中での測定も行いました.

Fig. 2 に熱容量の測定結果から計算した磁気熱容量を示します.予想に反して,NNTOT• +· FeIII Br4 では 3.45 K に,NNTOT• +· GaIII Br4 では 1.20 K に磁気相転移による熱容量ピークがそれぞれ1つだけ観測されました.また,両磁性体とも,磁気相転移温度より高温側に低次元磁性体特有の熱容量の裾が見られます.全ての磁気相転移温度が磁場の増加と共に低温側へシフトしていることから,これらの磁気相転移は反強磁性相転移であることがわかります.

零磁場での磁気熱容量から磁気エントロピーを求めたところ,NNTOT• +· FeBr4 では 23.2 J K−1 mol−1,NNTOT• +· GaBr4 では 10.6 J K−1 mol−1 となりました.NNTOT• +· FeBr4 の値は NNTOT• + イオンのS = 1 のスピンと FeBr4イオンの S = 5/2 のスピンの秩序化による期待値 Rln(3×6) (= 24.0 J K−1 mol−1)と,NNTOT• +· GaBr4 の値は NNTOT• + イオンの S = 1 のスピンの秩序化による期待値 Rln3 (= 9.13 J K−1 mol−1) と良く一致しています.

両磁性体について,磁気相転移温度より高温の零磁場での磁気熱容量のデータをハイゼンベルグスピン系の高温展開式を用いて解析したところ,NNTOT• +· FeBr4ではJ/kB = −0.64 Kの鎖内反強磁性相互作用をもつ,S = 5/2 と S = 1 の相加平均の値に近い S = 2 の一次元反強磁性ハイゼンベルグスピン系でうまく表すことができました(Fig. 2 中の実線).ところが,NNTOT• +· GaBr4 では J/kB = +2.6K の鎖内強磁性相互作用をもつ S = 1 の一次元強磁性ハイゼンベルグスピン系でうまく再現できました(Fig. 2 中の実線).

このように, NNTOT• +· FeBr4 は NNTOT• +· FeCl4 と異なり,NNTOT• + イオンと FeBr4 イオンが同時に反強磁性的に磁気秩序化すること,また,NNTOT• +· GaBr4 では NNTOT• +· GaCl4 と異なり,NNTOT• +イオン間に強磁性相互作用が働いていることなど,結晶構造がほぼ同じであるにもかかわらず,磁気的性質はかなり違ったものとなっています.今後,量子化学計算などの理論的アプローチから,これらの非常に興味深い磁気的性質について解明されることを期待します.

(藍 孝征,宮崎裕司)

発表

Y. Miyazaki, X.-Z. Lan, M. Kuratsu, S. Suzuki, M. Kozaki, K. Okada, and A. Inaba, the 15th International Congress on Thermal Analysis and Calorimetry (ICTAC15) (Higashi-Osaka), IC-GE-PS-5 (2012).

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