研究紹介 6

グリセロール水溶液における混合様式の転移 ― その温度依存性 ―

相とは,全体にわたって組成と物理状態が均一な特定の状態をいいます.そこで,溶質が溶けて均質な溶液は,ふつう熱力学的には1つの相として扱われます.しかし,ミクロスコピックには必ずしも溶液全体にわたって均一といえず,その混合様式の違いが熱力学量にも実際に反映されることを,われわれは特に水溶液について調べてきました.

水には他の物質にない特有の性質があり,水らしさは水素結合ネットワークに由来しています.われわれはこれまでに,ギブズエネルギー(G)の3次微分量であるSVδBEを,2-ブトキシエタノール(BE)水溶液について測定しました(No. 32 (2011) 研究紹介8).この量は,体積・エントロピー相互揺らぎ密度に与える溶質の影響を表しています.BEでは,SVδBEを濃度に対してプロットすると,ある濃度でピークを示します.これは典型的な疎水性溶質の挙動であり,他の3次微分量でも同様の挙動を示します.われわれは,このピークの濃度を境にして,水と溶質の混合様式が変化するものと解釈しました.そこで,温度を変えてピーク位置の濃度を調べたところ,1つの曲線(これを“コガライン“と呼びます)が得られたのでした.この曲線の低濃度,低温側では水らしさが残っていて,高濃度,高温側では水らしさが消えるというわけです.興味深いことに,この曲線を濃度0に補外すると,60 °Cから70 °Cの温度を狙っていることが分かったのでした.つまり,純水でもこの温度の高温側で水らしさが失われるといえます.この結果は,水溶液中で疎水的な振る舞いをするBEを溶質としたものですが,親水的な溶質ではどう見えるでしょうか? われわれは今回,強い親水性であるグリセロール(Gly)の水溶液についてSVδGlyを測定し,同様の曲線が得られるか,その温度依存性を調べました.

Fig. 1
Fig. 1. (Color online) Mole fraction dependence of SVδGly in aqueous glycerol at 5 °C to 40 °C.

グリセロール水溶液のSVδGlyを5〜40 °Cで測定した結果をFig. 1に示します.濃度とともにSVδGlyは単調に減少しています.このように,ピークを示さないのは親水的な溶質の特徴です.しかし,SVδGlyには折れ曲がりがあるように見えます.その折れ曲がり点で水らしさを失うものと解釈できます.このSVδGlyの変化の仕方をさらに詳しく見るため,図上でSVδGlyを濃度で微分して,SVδGly-Glyという量を求めました(No. 32 (2011) 研究紹介9).それをFig. 2に示します.各温度でSVδGly-Glyにステップが見られます.4次微分量であるSVδGly-Glyのステップは3次微分量のSVδGlyの折れ曲がり点に対応し,ステップの始まり(X点)で水らしさがなくなり始めると考えています.このステップは,温度が高くなれば低濃度側に移動し,ステップ幅も小さくなります.そのステップが現れ始める濃度とその温度の関係をFig. 3に示します.BEの場合と同様に,やはり1つの曲線に乗っているようです.また,この曲線を濃度0まで補外すると60 °Cから70 °Cに届き,BE水溶液の結果と一致します.つまり,溶質の性質〈親水性か疎水性か〉によらず同じ温度に収斂しており,このことは,純水でもこの温度以上で水らしさが失われることを示唆しています.

Fig. 2
Fig. 2. (Color online) Mole fraction dependence of SVdGly-Gly in aqueous glycerol at 5 °C to 40 °C. Point X is the beginning point of the step type anomaly.

Fig. 2
Fig. 3. Relationship between the temperature and the mole fraction at point X for aqueous glycerol (●) and 2-butoxyethanol (○, No.32 (2011) Research 8).

(吉田 康,古賀精方,稲葉 章)

発表

K. Yoshida, A. Inaba, and Y. Koga, the 15th International Congress on Thermal Analysis and Calorimetry (ICTAC15) (Higashi-Osaka), JO-YG-Or-7E (2012).

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