研究紹介 8

多形が共存する 10,12-pentacosadiyn-1-ol 吸着相の安定化過程の走査トンネル顕微鏡による観察

結晶多形現象は,結晶学や結晶成長学の分野では古くから知られています.最近になって,これが応用的な機能性と密接な関係をもつために,多分野から再び大きな関心を集めています.固体の融点は物質に固有な性質であるとして固体物質の同定法として確立していますが,このことは多形の出現によって覆されてしまいます.つまり,ある化合物の固体状態における融点,密度,溶媒への溶解度,昇華圧などの性質が結晶構造によって異なるのです.このため,今では化合物には多形があることを前提としてそれらの機能開発が行われるようになってきました.

Fig. 1
Fig. 1. Molecular structure of PCDYol.

Fig. 2
Fig. 2. (a) STM image of the adjacent domains of the herringbone and parallel structures physisorbed on graphite. The schematic overlays show models of the molecular arrangements. (b) Models of the molecular arrangements of herringbone (left) and parallel (right) structures. The linear arrays of diacetylene moieties are suggested by arrows.

Fig. 3
Fig. 3. Successive STM images of Ostwald ripening of the PCDYol layer. (a) Small domains of the parallel structure (P1-P5) are dotted about the large domain of the herringbone structure (H). The stripe patterns in the domains correspond to the linear arrays of diacetylene moieties suggested by arrows in Fig. 2 (b). The small domains of the parallel structure P2, P1, and P3 disappear in (b), (c), and (d).

Fig. 4
Fig. 4. STM image of the large domains of the parallel structure obtained after keeping the sample at 50 degree Celsius.

多形現象が興味の対象となるのは,有機分子の界面科学においても例外ではありません.例えば,有機トランジスタ材料として最もよく研究されているペンタセンの蒸着薄膜では、界面において特異的に出現する準安定構造が,そのトランジスタの機能を担っています.このような有機分子2次元凝集系の多形現象についての報告例は,学術的および応用的観点から急務とされているにもかかわらず,バルクのものと比べ圧倒的に少ないです.

上に述べた現状を踏まえ,筆者らは,実空間の局所的な知見が得られるSTMにより観察可能な10,12-pentacosadiyn-1-ol(PCDYol,Fig. 1)2次元吸着層の多形を創出することを試みました.まず,PCDYolのクロロホルム溶液を水上に展開します.クロロホルムを蒸発させた後,グラファイト(0001)表面を水上のPCDYolに接触させます.このサンプルを大気中でSTM観察(室温)することにより,ヘリングボーン構造とパラレル構造のドメインが共存する2次元吸着層が,グラファイト表面上に得られることを明らかにしました(Fig. 2(a)).また,ヘリングボーンとパラレルとでは,分子鎖のなす角がそれぞれ,120°と180°となります(Fig. 2(b)).これは,分子末端の水酸基が形成する水素結合様式の違いを示します.後に述べるように,パラレル構造は安定構造であり,ヘリングボーン構造は準安定構造であると考えられます.さらに,位置を固定してスキャンを続けると,より大きなドメインが,より小さなドメインを飲み込むOstwald Ripeningが観察されました.Fig. 3の連続STM像に示すように,この安定化の初期段階では,ドメイン界線エネルギーの差が支配的となるので,準安定構造(ヘリングボーン)をもつドメインが,安定構造(パラレル)をもつより小さなドメインを飲み込むことが出来ることが分かりました.つまり,準安定構造と安定構造の大ドメインがともに生き残るのです.さらに,STMステージからこのサンプルを取り外し,ホットプレートを用いて,50 ℃で1時間加熱した後,再びSTM観察しました.その結果,パラレル構造のドメインがさらに成長し,ヘリングボーン構造がほとんど見られなくなりました(Fig. 4).これは,安定化の最終段階で,準安定構造が安定構造に変化した結果です.このことから,パラレル構造は安定構造であり,ヘリングボーン構造は準安定構造であると結論できました.

(高城大輔)

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