研究紹介 10

π-d相互作用をもつ有機電荷移動塩の
磁場中熱容量

π-d系有機導体κ-(BETS)2FeCl4κ-(BETS)2FeBr4(以下Cl塩,Br塩)はBETS層と局在スピンを有するFeX4層が交互に積層した構造をしており,伝導性と磁性が共存した磁性伝導体です.両物質とも低温において,d電子系が反強磁性転移を示し,さらに低温領域でπ電子が超伝導転移を示します.(Br塩:TN 〜 2.47 K,:Tc 〜 1.1 K;Cl塩:TN 〜 0.47 K,:Tc 〜 0.17 K)これらの物質では,伝導電子と局在スピンの間にπ-d相互作用が働き,磁気秩序形成過程,及び超伝導状態に大きな影響を与えていることが予想されます.我々は,これらπ-d相互作用が働くκ型のBETS塩に注目してこれまで研究を行ってきました.本研究では,κ型Br塩について面内磁場依存性について測定した結果を報告します.

実験は,これまでに熱学レポートに紹介してきたVTI(Variable Temperature Insert)に挿入して測定可能なtop-loading型の希釈冷凍機(2011年 装置の整備2)とVTIに対して垂直な方向に磁場を印加可能なスプリットマグネットを組み合わせて緩和法により行いました.この配置で層状物質に対して,π電子が作る二次元電子系に平行に磁場を入れることができ,面内磁場依存性のデータを得ることができます.

Fig. 1
Fig. 1. Temperature dependence of heat capacity of κ-(BETS)2FeBr4. The large thermal anomaly corresponds to the antiferromagnetic transition originated from 3d electrons.

Fig. 1に0 TでのBr塩の測定結果を示します.T = 2.47 Kに非常に鋭い熱異常を観測しました.これは,昨年の熱学レポート(2011年 研究紹介14)で紹介したCl塩の結果と非常に似た振る舞いです.転移より高温域の熱容量の値から格子熱容量を評価して,磁気エントロピーを求めるとS = 5/2のスピンから予測される磁気エントロピーRln6とほぼ等しい値が得られ,アニオンの持つ全磁気エントロピーを観測できていることが分かりました.以上のことから,Cl塩とBr塩で見られる磁気転移の次元性といった性質は,本質的には同じであり,転移温度の違いはアニオンの違いによる相互作用の大きさの違いによるものであると考えられます.

Fig. 2
Fig. 2. Temperature dependence of heat capacity of κ-(BETS)2FeBr4 under magnetic field applied parallel to a–axis. A hump structure appeared in low temperature region around 1 K by applying magnetic field.

次に二次元面内の磁場依存性を検証するために,ac 面に平行に磁場を印加した熱容量測定を行いました.Fig. 2に面内a 軸方向磁場印加下での熱容量測定の結果を示します.a 軸はスピンの容易軸に対応します.まず,転移温度に注目してみると,磁場印加によって転移温度が急激に低温に変化していることが分かります.この結果は,これまでに磁化率測定や抵抗測定で報告されている結果と一致します.磁場を2 T印加した結果に注目してみると,磁場印加によって低温域に移動した熱異常の高温域にブロードなhump構造が現れていることがわかります.d電子間の相互作用は,アニオンの結晶構造からa 軸方向に平行に一次元性が強いと考えられており,今回観測された高温側のhump構造は,d電子間の相互作用の一次元性を反映した短距離秩序を観測したものと考えられます.

さらに注目すべき点として,a 軸方向に磁場を印加すると,転移の熱異常より低温域にもhumpのような構造が現れることが分かりました.この低温域のhump構造は磁気転移の熱異常とは異なる磁場依存性を示し,磁場を強くすることでより顕著になり1.5 Tまで観測されました.本物質は磁気転移より低温で超伝導転移を示すことが知られていますが,予想される超伝導転移による熱容量のとびは数十mJ K−1 mol−1程度であることから,このhumpはπ 電子系ではなくd電子系の寄与によるものであると考えられます.さらにこのhump構造は,c 軸方向に印加した場合は現れず磁場に対して異方的に振る舞うことが分かりました.昨年の熱学レポートでCl塩の結果を紹介しましたが,Cl塩においても低温でhumpのような構造が現れ,Br塩同様,磁場に対して異方的に振る舞うことを確認しています.これらのことから,Br塩,Cl塩で見られたhump構造は同じ原理で発現していると推察できます.一方で,同じBETS塩で結晶構造の異なるλ-(BETS)2FeCl4は,κ型に比べてπ-d相互作用が強い系として知られています.この系では,π電子系が金属絶縁体転移を示し,その転移温度以下で熱容量にブロードなhump構造を示すことがこれまでに報告されています.現在我々は,これらBETS塩で見られる特徴的な振る舞いはπ-d相互作用の存在に由来するものであると考えています.今後は,Cl塩,Br塩の結果の更なる解析を行い,π-d相互作用の大きさを定量的に評価し,hump構造との関係とその起源の議論を進めていく予定です.さらにλ型のBETS塩についても同様の測定を行い,κ型BETS塩とλ型BETS塩との関係を議論していこうと考えています.

(福岡脩平,中澤康浩)

発 表

福岡脩平,山下智史,山本 貴,中澤康浩,藤原秀紀,白旗 崇,高橋かず子,小林速男,小林昭子,日本物理学会2012年秋季大会(横浜),19aEB-5(2012).

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