研究紹介 11

Cu2+ カゴメ格子化合物の物質評価と
低温熱容量

Fig. 1
Fig. 1. Temperature dependence of heat capacity of volborthite at low temperature around 1 K is shown in a plot of CpT −1 vs T. Serious sample dependence was observed in low temperature magnetic behavior. The sample A and the samples B and B’ are obtained as different batches.

Cu2+ カゴメ格子化合物ボルボサイト (Volborthite : Cu3V2O7(OH)2•2H2O) は,地球内部の高圧下で生成される黄緑色の天然鉱物です.その人工的な合成は非常に困難でしたが,最近良質な試料が得られるようになりました.ボルボサイトの結晶は S = 1/2 のスピンがCu2+ 上に存在し,それが二次元のカゴメ格子構造をとっています.二次元のカゴメ格子化合物は,三角格子と同様にスピンのフラストレーションをもつ物質です.理想的なカゴメ格子では,三角格子よりもフラストレーションが強いことが知られており,低温までスピンが磁気的に秩序化せず,基底状態では液体のようになることが予想されています.いわゆるスピン液体という状態です.我々は昨年度,希釈冷凍機を用いた極低温比熱測定から 1 K 以上はスピン液体的であり,0.6 K 以下では銅の核比熱によるショットキー型の熱異常が現れることを確認しました(2011年度本レポート 研究紹介21).また,エネルギーギャップの大きさを見積もり,内部磁場がほとんどないことを報告しました.しかしながら,1 – 2 K の温度域における熱容量はFig. 1 に示すように,キンク構造をもつsample A やブロードなピーク構造をもつsample B,sample B’(sample B と sample B’ は同じバッチのもの)など,サンプル依存性が見られるために,基底状態の決定が困難でした.

今回は,熱重量測定を 30 – 100 °C,30 – 600 °C の温度範囲でそれぞれ行い,これらのサンプルについて低温での比熱を測定し,サンプルに依存するピーク形状と,結晶中の水分子の欠陥が与える格子やスピンへの影響を議論しました.比熱測定は研究室既設の装置を用いて緩和法で行いました.粒形の細かい粉末のため,試料内部での熱分布が起こらないように直径 1.5 mm ,厚さ 0.3 mm 程度の大きさに成形したペレット試料を用いました.

Fig. 2
Fig. 2. Temperature dependence of heat capacity of volborthite at low temperature around 1 K after heat treatment up to 100 °C and 600 °C. Temperature dependences of heat capacity before and after TG measurement up to 100 °C show almost the same trend. The orange square data shows heat capacity after TG measurement up to 600 °C.

30 – 100 °C の熱重量の測定では,重量変化は 0.3 % 程度であり,測定前と測定後で明らかな違いは見られませんでした.おそらく,表面の水だけが抜けたものと思われます.Fig. 2に加熱前と 100 °C に加熱後の比熱測定の結果をCpT −1 vs T のかたちでプロットしています.ピーク形状は,前回測定したサンプル(sample A,sample B’)と比較すると,加熱前の結果とほとんど同じ傾向を保ったままであることが分かります.保管中に水分子が抜けることによるサンプルの劣化は,少なくとも室温付近では起こらないことが分かりました.また,表面の水は本質的な特性に影響しないと思われます.600 °C まで温度をあげた熱重量の測定では,重量変化は 8 % 程度で,層間の水が抜けたと考えた場合の減少分と一致しています.150 – 350 °C の温度域にかけて層間の水が抜けており,サンプルの色も黄緑色から黒赤色に変化しました.600 °C に加熱後のサンプルの比熱測定では,加熱前のものと比べてかなりの熱容量の減少がみられました(Fig. 2 after TG 600 °C).また,図中には示していませんが,2 T,4 T の磁場を印加しても熱容量の値に変化はなく,しかもこの値はZn2+ の化合物のものに近くなります.このことから,層間の水の脱離はボルボサイトの物理的な性質に強く影響していることが分かります.水の脱離によって,層状構造を強固にしていた水素結合が失われ,結晶構造と磁気的な性質に大きな変化を生じたものと考えられます.これまでに見られていたサンプル依存性には,水素結合の入り方による乱れが関係している可能性も指摘されます.水和水の脱離が生じると,部分的にカゴメ格子に乱れを生じ磁気的な構造にも影響を与えているとも考えられます.

(森下知志,中澤康浩)

発 表

S. Morishita, S. Yamashita, S. Fukuoka, Y. Nakazawa, H. Yoshida, Y. Okamoto, and Z. Hiroi, the 15th International Congress on Thermal Analysis and Calorimetry (ICTAC15) (Higashi-Osaka), JO-ST-Pos-23 (2012).

Copyright © Research Center for Structural Thermodynamics, Graduate School of Science, Osaka University. All rights reserved.