Fig. 1. (a) Molecular structure of tetratiafuluvalen and chrolanil. (b) Crystal structure of TTF-CA obtained as X-ray diffraction. This compound has mixed-stack structure.
TTF分子は電子を放出しやすい性質をもつドナー分子です.電子を受容しやすい性質をもつアクセプターと交互に配列することで,ドナーからアクセプターへ電荷が部分的に移動し,安定化して電荷移動塩を形成します.これらの物質の中には,温度や圧力など外的条件によって移動する電荷の割合が変わり,中性(Neutral)状態からイオン性(Ionic)状態へ変容するものがあります.こうした電荷移動量の変化が相転移としてあらわれたものが中性-イオン性転移(N-I転移)です.ドナー分子であるテトラチアフルバレン(TTF)とアクセプター分子であるクロラニル(CA)が交互に積層して電荷移動塩を形成したTTF-CA(Fig. 1(a))は,N-I転移を起こす代表的な有機電荷移動塩として知られています.この物質では外部圧力を印加するなどして,ドナーとアクセプターの距離を変化させると,移動する電荷の割合がかわり,N-I転移に大きく影響を及ぼします.
TTF-CAは常圧下において84 K付近でN-I転移を起こし,圧力印加によりその転移温度が上昇することが報告されています.また,結晶を合成する手法の違いにより,相転移を起こすものや起こさないものなど,試料依存性があることも報告されています.この相転移の圧力依存性について,中性子散乱や分光測定など様々な手法で研究されていますが,測定手法により異なった結果が報告されています.大きな違いとしては転移温度の圧力依存性が違うことが挙げられます.さらに分光測定では中性とイオン性の中間相が存在することが示唆されています.TTF-CAのN-I転移について,合成手法による物性の違いや,測定手法による圧力依存性の違いについて,圧力下で熱容量測定を行うことで,新たな知見を得ることを目的としました.
測定手法は圧力下での熱容量測定に適した交流法を用いました.交流法では試料に直接ヒーターと温度計を取り付けて測定を行います.その温度計に白金薄膜チップを用いることで広い温度領域での熱容量測定を行えるように改良したことを前回のレポート(2011年,研究紹介19)で報告しました.今回はその装置を用いて,圧力に鋭敏に応答する有機物について幅広い温度領域で初めて圧力下の熱測定を行いました.
Fig. 2. Temperature dependence of heat capacity of TTF-CA under ambient pressure. We found thermal anomaly around 84 K in association with neutral-ionic transition.
TTFとCAの共昇華法により,相転移を起こす性質をもつ良質な結晶を合成しました.X線結晶構造解析の結果がFig. 1(b)です.格子パラメターはN-I転移を起こすTTF-CAの結晶構造とよく一致しました.この結晶を用いて,圧力下の熱容量測定を行いました.測定に用いた結晶は4つで,合計2.5 mg程度を樹脂で固めました.常圧での測定結果をFig. 2に示します.常圧では84 K付近に熱異常が観測されました.また,heatingプロセスとcoolingプロセスでヒステリシスが観測されたことから,この相転移は一次転移の性質を持っていることがわかります.この温度に一次相転移があることは文献と一致しています.
Fig. 3. Temperature dependence of heat capacities of TTF-CA under several pressures. The transition temperature increase with increasing pressure.
次に圧力を印加して熱測定を行い,転移温度の圧力依存性と熱異常の形状の変化を追いました.各圧力下での測定結果をFig. 3に示します.圧力を印加するにつれて転移温度が上昇していく様子が観測されました.この挙動は分光測定や中性子散乱測定など,圧力下での他の測定結果と一致しています.しかしながら,今回得られた結果では,常圧での転移温度と0.25 GPaでの転移温度がほぼ一致しています.これは他の測定結果では見られない挙動でした.この結果から,この相転移は低圧側で転移温度がほとんど変化しない領域があることが示唆されます.また,転移温度が変化し始める0.35 GPaではピークの形がブロードに変化し,低圧側で観測された熱異常と形状が大きく異なります.0.45 GPaではさらにピークがブロードになり,ヒステリシスがほとんど観測されませんでした.ピークの形状から,このN-I転移は圧力印加に伴い,一次転移から二次転移の性質をもつものへ変化したと考えられます.今回の圧力下における熱容量測定の結果では,分光測定で示唆されていた中性相とイオン性相の中間相は観測されませんでした.そのかわりに,圧力印加に伴ってピークの形状が非常にブロードなものへと変化していきました.今後はさらに高圧領域での転移温度の変化と,ピークの形状が変化し始める0.25 – 0.35 GPa付近での熱測定を行いたいと考えています.
M. Danda, Y. Muraoka, N. Tokoro, S. Yamashita, and Y. Nakazawa, the 15th International Congress on Thermal Analysis and Calorimetry (ICTAC15) (Higashi-Osaka), JO-YG-Or-23F (2012).
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