研究紹介 17

低温下伝導面内磁場中における角度分解熱測定

電気抵抗が完全にゼロとなる超伝導状態の実現には,クーパー対の形成が非常に重要と考えられています.一般的な超伝導体におけるクーパー対の形成機構はBCS理論等で説明されるものもありますが,その形成機構や駆動力が未だに解明されていない超伝導体も多数あります.このクーパー対形成には,その波動関数がどのような性質を持つかが重要です.BCS理論で説明される格子振動を媒介とした超伝導体はクーパー対の波動関数が等方的(s波)で位相,運動量にも左右されませんが,一方でd波超伝導体などの異方的超伝導体と呼ばれるものは,ある運動量方向に対して超伝導ギャップがゼロとなるノードを持ちます.ノードが存在すると完全にギャップが空き,低温でFermi面における電子の状態密度のなくなるs波超伝導とは異なり,連続励起が起こって弱いエネルギーでも簡単に準粒子励起が生じます.この準粒子励起の構造を理解するためにはドップラーシフトを考えることが重要です.ノード近傍ではドップラーシフトの相対的な影響が大きくなり,フェルミエネルギー近傍に状態密度が生じます.ドップラーシフトは,渦糸の周りに流れる超伝導電流の超流動流速(Vs)と準粒子の運動量(k)の内積で表されるため,状態密度に角度異方性が生じます.我々の研究では,この状態密度の角度依存性を調べるために,異方的超伝導体であるとされるκ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の熱容量を,スプリット磁石を用いた面内磁場制御下で測定しました.

Photo. 1
Photo 1. The photo of the present constructed calorimetry cell. Two wires are stretched to fix the sample stage.

スプリット磁石を使用した場合,平面内に磁場を印加させることができるため,インサートをスプリット磁石に対して回転させることにより,二次元面を持つ層状構造の試料に対して面内磁場方向の角度調整が可能です.しかし,現在使用している緩和型セルでは,試料ステージが非常に細いコンスタンタン線(φ 13 μm)のみで吊り下げられている状態であり,振動や磁場によるトルクによって試料の結晶方向が変化する可能性があるため,磁場下熱容量の正確な角度依存性を測定することが困難です.そこで,面内磁場の角度を精密に調節した状態での熱容量測定が可能な装置開発・改良に着手しました.今回は,ステージを周囲と強固に固定するためにsus-304ワイヤー(φ 30 μm)を張ることで水平性を向上させました.実際のセルはPhoto 1のようになっています.このセルの熱緩和カーブをFig. 1に表しました.セル自体の熱容量や温度の緩和時間はその分増加しましたが,単緩和でτの値からも緩和法測定は可能であることがわかります.

Fig. 1
Fig. 1. Thermal relaxation curve at 1 K. The single exponential behavior can be confirmed by analyzing the curve.

今回はこの改良したセルで,比較的大きい結晶として得ることでき,また一般的にはd波超伝導体(異方的超伝導体)として考えられているκ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2を0.9661 mg使用して測定しました.この試料は先行研究としてもデータがあり,その結果との比較でセルの評価ができます.結晶方向はX線回折などで測定しなければ正確な角度依存性は求められませんが,今回はまず角度依存性自体が検出できるかを調べたかったため,目視でステージに乗せました.また,セルの水平性や磁場方向を変化させた場合でも結晶の方向がずれていないことを確認するために結晶の形と方向を記録した上で,それが外からわかるようにセルに目印をつけ,インサート上部にも同様にマークをして外から角度変化がわかるようにしました.

Fig. 2
Fig. 2. Temperature dependence of blank heat capacity of the present cell under 0 T– 6 T.

Fig. 2に試料は乗せず,セルのみで測定した結果を示しました.熱容量の値は従来のセルに対して約1.3倍大きく,低温での試料の熱容量は測定値全体に対して10%を切ってしまいます.また角度の変化は手動で行い,目視で角度を調節したために±3°くらいの誤差はあり,正確な角度や小さな角度幅の測定が困難でした.しかし,試料の電子比熱容量が磁場の強度および磁場の方向に依存する様子をある程度とらえることに成功しました.一方で,フェルミ面由来の二回対称成分が大きいため,d波超伝導体で観測されるべきである四回対称の成分の検出については完全とは言えないまでも,その徴候はとらえることができました.今回の測定は0.8 Kで行いましたが,更に温度を下げればバックグラウンドを小さくすることができ,電子熱容量をとらえることができるはずです.しかし,従来型の緩和型熱量計と比較して正確な面内磁場を印加できたということは大きな成果であり,今後の異方的超伝導体の準粒子励起の解明に効果を発揮することが期待できます.

今後は,セルのバックグラウンド熱容量を減らすなどして測定精度を向上させていくことや,角度を細かい幅で,かつ正確に変化させるような機構の作成などを行っていく予定です.これらの改良により異方的超伝導体のギャップノードを精査し,磁場下における角度分解熱容量測定に基づいた議論を展開することで超伝導の発現機構を考察していきたいと思います.

(今城周作,福岡脩平,中澤康浩)

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